使い魔?うさみのご主人様 12
「解毒剤は……」
へろへろになって学院の敷地においてある長いすでへばっているメルエールは、嘘だけど死ぬ毒の解毒剤のことを思い出した。
うさみの課題に合格すればもらえるということだったが、一度も成功していないのでもらえないのが正しい結末。
かくしてメルエールは遅くても今日の昼までには死んでしまうのであった。嘘だけど。
うさみは顔色を悪くしているメルエールを見て、腕を組んでうーんとうなる。
「うーん、じゃあ今日は初日だからおまけして今あかりをつけるのができたらあげる」
おお、うさみってばなんて慈悲深いの、とメルエールは感動した。嘘だけど。
そしてメルエールは明かりの魔術を唱えた。
成功。
明かりの魔術は外が明るいと目立たない。
なので、うまくなっているかどうかなど、判断するのは難しい。
というか、普通に考えれば短時間でうまくなるようなら苦労はしない。
しかし、メルエールはいつもと違う手ごたえを感じた。
「あれ……?」
違和感に首をかしげるメルエール。
先ほどの感覚を反芻しようとすると、うさみが魔術の発動を確認して声をかけてくる。
「あ、成功したね。じゃあはい、あーん」
「あ、あーん?」
言われるままに口を開けると、うさみがぽいとなんか丸いものを放り込んだ。
「あ、噛むとめっちゃ苦くて辛くてまずくてピリピリするよ。そのまま飲み込むといいよ」
「…………」
声も出ない。
うさみの忠告は遅かったのだ。
もぐもぐしてしまったのだ。
形容しがたい不快感、あるいは痛み、あるいはそれらとは別次元の何か。
味とは一体。
おもわず哲学的な思考に現実逃避しそうになるが、口の中の感覚に引き戻される。
この世の地獄か。
先ほど飲んだ謎の液体がかわいく思えるほどのなにか。いやあれもかわいくはないけれども。マズいけれども。
そしてメルエールは目の前が真っ暗になった。
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気が付くと、いつものおいしくない麦粥を食べていた。
いや、おいしくないなんてことはない。
想像を絶するマズさを味わったあとではこの麦粥もおいしく感じられ……おいしく……はないな。
しかしまともに食べられるというだけでも素晴らしいことだとは思う。
麦粥最高。嘘だけど。
寮の食堂である。
周りは平民や騎士、あるいはメルエールと同じような貧乏男爵の子女が、まばらに座って麦粥とスープと野菜の酢漬けを食べていた。
麦粥の前に貴賎なし。
この寮食のなかで一番安い食事を食べる者は皆仲間。
いつかもうちょっといいもの食べたいねという希望を胸にマズい食事を食べるのである。
そして隣にはちっちゃいエルフが座っていた。
届け出をしているので食堂の利用許可が出ている。
使い魔は主人の一部とみなされるので、理由がなければともに食事をとることが許される。
理由というのはばっちいとか、でかいとか、こわいとかで、うさみはかわいらしい子どもの人型なので問題ない。
そのうさみは先ほどとは服装が変わっていた。
見れば自分もだ。
いつの間に着替えたのか。
「あ、起きた? 遅刻しそうだったから」
こちらに気づいたうさみが言う。
つまりうさみがメルエールを着替えさせたということか。
汗の不快感もない。体もふいてくれたらしい。
まるで使用人のような働きである。
「あたし今気づいたのに、食べてたの?」
意識が戻ったのがつい先ほどなのに、食器の中身は半分ほど減っていた。
「ご主人様寝ぼけてたみたいだったよ」
無意識に動いていたのか。
なんでこんなことに。
あの異常な味の物体のせいか。
恐ろしい。
もしかしたら明日も飲むことになるのだろうか。
解毒剤……解毒剤か。
もう噛まないぞ。
おいしくない麦粥を噛みしめながら、メルエールは心に誓った。
体の重さが消えていたことには気づかなかった。