冒険者初心者とうさみ 48
「ああっ! ついに見つけましたわ!」
冒険者ギルドに声が響く。
半数以上のの冒険者が声の主に顔を向け残りは我関せずと気にしない。
そんな中、劇的な反応をした人物が二名。
ケラサスとグレイプだ。
二人は同時にものすごい勢いで振り向いた。
そこからはそれぞれ違う反応を示す。
わずかな時間に、驚愕から始まり様々に表情を変えるが身動き取れないケラサス。
「おお」
声をあげて立ち上がるグレイプ。
彼らに続いてアップルとナノが声の主へと視線を向けると、ケラサスと同じ、しかし若干濃い桃色の髪の男装の少女がアップルたちの卓へ、正確に言えばケラサスへ向かって歩み寄ってきていた。
男装なのになぜ少女とわかるかというと、胸のふくらみである。
もう一度言う。胸のふくらみである。
アップルとナノは各自自身の胸元を見て、もう一度少女を見た。
特に言葉は出なかった。
「ケラサス様! 探しましたわ!」
「う、うむ、ペルシカ。久しいな」
普段の言動はどこへ消えたのか挙動不審なケラサス。
ナノはこの時点で大体の状況に予想がついた。
予想というか思い付きだがあんまり外れていない自信がある。
アップルはそれはそれとして面倒ごとだよねこれ、そういうの無いんじゃなかったのと、ここに至ってはあまり意味がないことを考えていた。
「久しいな、ではありませんわ! ペルシカは寂しゅうございます。まさか置いていかれようとは思いもよらず。ケラサス様がいなくなればわたくしはよくて修道院送りか行き遅れ、悪ければしょうもないところへ嫁に出されるしかないではありませんの。ケラサス様以外の殿方に嫁ぐなど考えられませんわ!」
「お、おう」
ケラサスに詰め寄って怒涛の勢いで喋る少女ペルシカ。ケラサスは完全に気圧されている。
大体合ってた。
合ってたのはいいけれど、この後矛先私たちに来そうなのです。とナノは思った。
よくしゃべる子だなあとアップルは眺めている。
「だ、だがな、ペルシカ。我はペルシカに苦労させたくなかったのだ」
「苦労! 苦労ですって!? わたくしたちの関係で、ケラサス様がいなくなることの心労よりつらい苦労などありませんわ!」
「物語の一幕のようなのです」
「ね、すごいね」
至近距離まで近づいているにもかかわらず、大きな身振りで感情を示しつつもケラサスに直接は触れない。
動きは大きいのに、見る者に優雅さを感じさせる仕草に芝居がかったセリフを合わせると俳優か、あるいは本物の貴族かと思わせられる。
目の前で繰り広げられるペルシカ劇場を眺めながら、アップルとナノは小声で言葉を交わす。
そこでもう一人の男が声を上げた。
「ペルシカ、そのあたりにしておきなさい」
「おじいちゃま!」
おじいちゃま。
立ち上がってペルシカを迎えたグレイプが、今気づいたああ驚いたという身振りとともに、おじいちゃまと呼ばれた。
なるほど、そういう関係か。
観客の納得をよそに、ペルシカは優雅な動きで礼をする。上流階級の女性が行うそれである。
「ご機嫌うるわしゅう、おじいちゃま。でもわたくし、おじいちゃまにも怒っていますのよ。知っていて黙って出奔されるのですから」
「おお、そう拗ねないでくれ、可愛いペルシカ。ワシ、ペルシカに嫌われたら生きていけんわ」
「まあ、おじいちゃまったら。わたくしがいないところでいなくなろうとしていたくせに。ですが、そんなこと言われたら仕方ありませんわ」
ペルシカがぷんと拗ねて見せるだけで、渋い髭爺が目じりの下がった孫可愛いお爺ちゃんになってしまった。
なんだこの子無敵か、と思いながらナノは給仕に飲み物とつまみを注文した。
その動きが悪かったのか。
「と・こ・ろ・で。こちらの方々は――」
ペルシカの視線が、ナノとアップルへ向いた。
しかしそのセリフはやや焦りの感じられるケラサスによってさえぎられる。
「そんなことよりペルシカ、会えてうれしいぞ。ゆっくり話がしたい。場所を変えようではないか。我らが取っている宿などどうだ」
「あらやだケラサス様ったら! こんな時間から宿だなんて。いいえ、いいえ、わかったおりますわ。ゆっくりお話を、ですわよね。おじいちゃまも一緒に、ね?」
「うむ、うむ。そうしよう」
そしてケラサスは席を立ち、ペルシカをエスコートしていき。
グレイプは「すまぬな、また明日ここで」と言い残して追っていった。
ギルドを出る間際、ペルシカが振り返ってにっこり微笑み。
「お騒がせいたしました。失礼いたしますわ」
と礼をして。今度こそ本当に去っていった。
その後数秒の間をおいて、酒場のざわめきが帰ってくる。
「いやなんというかこう。すごかったね」
「もうちょっと続くかと思ったなのです。注文した飲み物が……だれかいらないなのです?」
五人分注文したので三人分余った。
もったいないのでナノはそこらにいた見習いにあげることにする。
「どうなるかな。今日の話し合いまるっと無駄になるかもしれないわね」
「なのです」
「ナノ、面倒な時なのですで済ませるよね」
その日はもう何も手につかなかったので二人は日課だけ済ませて休んだ。