冒険者初心者とうさみ 44
「帰って来ませんね」
「……んー……」
仕事にかかる日数が増えれば単純に報酬も増える。
そして危険度も増える。
街の外で夜を迎えるのは危険である。
エルフなどは昼間と変わらないほどに見えるが、ドイ・ナカノ街では人族以外の人類はあまり見かけない。
ドワーフは偏屈でエルフは引きこもり、他に夜行性の特性を持つ獣人族もいるがこれも閉鎖的でいない地域では本当に見ない。地方によっては神話の世界の存在だと思われている場所すらある。逆に混ざり混ざった人種のるつぼになっているところもあるが。
ドイ・ナカノ街に住んでいるエルフは一人。たまに旅エルフが通りかかるが彼らが定住するような土地ではない。獣人は五十人ほどいるが夜に強い種ではないし冒険者でもない。ドワーフはいない。
そして一人のエルフはうさみなので役に立たない。
要するに人族しかいないので当てにならない。当てにできるような人がいたらあちらこちらから引く手あまたの勧誘を受けるだろう。
話を戻すが夜襲ってくるような魔物は大体夜の活動に適応しているので不利である。
そうでなくても交代で睡眠をとっているので頭数が減っているわけでこれも不利。
なら徹夜すればいいじゃないかという考えもあるが一日中動いた後であるし頑張って一徹、すごいタフな子で二徹が限界、それに徹夜が慢性化すれば寿命が縮むこと請け合いである。
なら明るい間休めばいいとなるとこれも夜中移動とか無理なので移動範囲が減り、かえって期間が延びて危険度が下がったことにならない。
場所によってはキャンプ地や狩猟小屋を設置してあるが維持管理が大変なので決して多くはない。
長々と述べたがつまるところ、仕事にかかる期間が長ければ長いほど危険度は跳ね上がるのである。
さらに、期間が長ければ仕事中にイレギュラーが起きる可能性も上がり、その結果さらに帰還が伸びて帰還が遅れるなんて事はザラにある。
一週間かかる見込みの仕事で一日二日の遅れは当たり前にあることなのだ。
三日四日遅れることもある。
だからそこまで心配しなくてもいいのである。
コツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツ。
「うさみちゃんうるさい」
「……えっ?」コツコツコツ。
マっちゃんは前もこんなことあったな。毎回やるのかなと思ったが、口にはしなかった。
うさみの弟子が所属しているパーティ“花と実”が受ける仕事の難度を上げてからはや一ヶ月。
魔物の強さに焦点を当て、これをワンランク上げたことで、今までは一泊二日でこなせる範囲だったのが、二泊三泊中心になり、今回は仕事の性質上一週間と見込まれていた。
内容は魔物の間引き。
種類は問わず、指定された場所の魔物を減らすこと。
倒した魔物の特定部位を証明として持ち帰ればその数で報酬がもらえる。
わかりやすい仕事である。
魔物によっては需要がある素材が取れる場合もある。
と言っても、パーティ数人で持てる量は限りがあるし、加工までに時間が空くと使えなくなる素材も多い。知識と技術がなければ稼ぎにはつながらない。
“花と実”はあらかじめ情報収集して向かった。
うさみの弟子のナノが慎重派なのだ。
一度ひどい目に遭っているのが原因だ。うさみも気持ちはわかる。怖いなら下調べをしっかりしたくなるだろう。
怖くても冒険者を続けようという根性については尊敬すらする。
出現する魔物やその特徴、換金できる部位はあるか、あるなら相場と重さ、大きさはどうか、複数あるなら優先順位は、食用に足るか。
場所も初めて行く場所。一週間かかる仕事を受けるのは初めてなので当然だ。
簡単な地図は提供されているが、今回は地形を確認しに行くくらいのつもりでいくと言っていた。
無理はしないという意味だ。
無理をするつもりがないとすれば、大きく遅れることないはずだ。
遅れることがないはずなのに遅れている。三日もだ。
これは一体どういうことか。
コツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツ。
「うさみちゃーん。うさちゃーん?」
「……ん? どうかした?」コツコツコツ。
「私はいいんだけどね、その音ダメな人もいるのよ」
「音?」
うさみは自分が机を指先で叩いていることに気が付いた。コツコツ。
そういえば前もこんなことがあったような気がする。
「ごめんごめんつい」
「“つい”かー。ついじゃしょうがないよねー」
「気を付けるからそのかわいそうな子を見るような目はやめてほしいかな」
木のカップを手に取りぬるくなったジュースを飲むと甘酸っぱかった。
「そんな心配ならいっそついていけばいいのに」
「わたし冒険者じゃないし怖いからヤダ……」
と、うさみが言葉の途中でギルドの入り口を見る。
マっちゃんもつられてそちらを向いた。
誰もいない。
と思いマっちゃんがうさみに向き直りかけた瞬間、影が差した。
「お師匠様ー」
「ナノ」
飛び込んできたのはうさみの弟子だった。
うさみはすました顔で対応した。