冒険者初心者とうさみ 42
「よし、できた。うさみさん、ありがとう」
「ん、おつかれさま」
アップルは一日かけて手紙を書き上げた。
暇そうにしていたうさみさんに教わりながら。
依頼書に使われる定型文やごく簡単な文はともかく、自分で考えた文章を書くのは骨だったが、どうにかやり遂げた。。
余計な気を使わせないくらい稼げるようになったらまた帰るという内容のものだ。
あて先はもちろん故郷の家族である。
村を訪れる行商人とは顔見知りなので、届けてもらおうと考えている。
いくらかお礼を渡さなければいけないが、それはこれから稼ぐのだ。
「というわけで、ナノ」
「もっと稼げる仕事を受けようって話なのです?」
「なのですよ」
隣で神書を読み進めていたナノに声をかけたが、アップルの考えを把握していたらしい。
先に言われてしまったので、ナノがよくやるように返事を返した。
「真似っこ禁止なのです。私の特徴を取るななのです。……硬革の鎧も手に入り、討伐の仕事も経験し、いまのところ異常発生の情報はなし、時期柄討伐の仕事が増えている……なのです」
「うんうん」
「討伐の仕事が多いということは、それだけ魔物が多い時期だということなのです。それなら採集の仕事でも遭遇頻度があがるなのです」
無理しなくても難易度が上がるから現状維持でいいのでは、とナノは言う。
「でもでも、なんだかんだみんな成長してるわけだし。ナノも魔法覚えたでしょ」
「う、うーん。なのです」
長らく練習していた魔法。ついにナノは成功させたのである。つい先日、アップルの村から帰ってくる最中のことだ。
空中に小さな火をともす魔法である。
アップルが見せていた地属性より、ケラサスが使っていた火属性を先に覚えたのは、アップルとしては思うところもないではないが。
それはそれとして、この話題を出すとナノの表情が崩れて、アップルは頬を引っ張りたくなる。
というのも置いといて。
「でも、あれ多分不完全なのです。魔力の消費が激しすぎるなのです。火をつけるだけに使うにはもったいないし、あれでお料理をするにも明かりにするにも長時間持たないし……なのです」
それ以上に自力で魔法を覚えたということが、アップルとしては尊敬に値することだと思っている。
のだが。
本人としては不満らしい。
「そんなの使ってるうちに慣れてくるんじゃないの。あたしはそれより覚えたこと自体がすごいと思う。あたしも練習しているけど、火も光もまだ出せないし」
「それは、土いじりの練習を優先しているからではなのです?」
とかいいつつも、ナノは満更ではなさそうだ。口元がぴくぴくしている。怒っているのではなく、笑顔がこぼれるのを抑えている様子。
覚えたのが、アップルが不機嫌を極めていた時期だったので、大っぴらに喜ぶのを我慢させていたのかもしれない。褒められるのに慣れていないだけの可能性もあるが。
ニヤけているナノを見て、アップルもニヤリと笑った。
そして抱き着いた。
「ナノはすごいよね。神聖魔法もあるし魔法も覚えたししかも自力でよ。えらい! すごい! かっこいい! かわいい!」
「なんなのです!? いきなりなんなのです!?」
ナノを抱きしめつつ髪をわしゃわしゃするアップル。
アップルの妹たちがこれをやると大喜びなのだ。弟はいつからか嫌がるようになったが。
ナノも女の子だから喜ぶに違いない。
わしゃわしゃ。
「ちょ、やめ、なのです」
わしゃわしゃ。
わしゃわしゃ。
ふと気づくと、同卓しているうさみさんがアップルたちを見ていた。
「どうかした?」
「いや、仲良しだなあって。あ、続けてどうぞ」
と言って目をそらすうさみさん。
アップルとナノは目を見合わせて、頷き合った。
「寂しいならそう言ってくれれば」
「お師匠様代わりに犠牲……じゃなくてえーと、覚悟ーなのでーす」
「え、ちょ、なんでそうな、ぐわー!?」
アップルとナノがうさみさんに襲い掛かった。
左右から挟み込んでわっしゃわっしゃ。
「あれうさみさんなんかいい匂いする」
「果物の匂いなのです」
「ちょ、嗅ぐな!?」
わっしゃわっしゃ。
わっしゃわしゃ。
わっしゃ……。
「あれ?」
「なのです?」
いつの間にか。
本当にいつの間にか、二人に挟まれていたはずのうさみさんがいなくなっていた。
「あ、あっち!」
「追うなのです!」
卓の下を抜けて反対側に抜け、こそこそと立ち去ろうとしていたうさみさんを発見、二人は直ちに追撃にかかった。
「なんなの!?」
「まてー」
「なーのでーす」
酒場にいた他の冒険者を巻き込んだり笑われたりしながら、二人でうさみさんを追い回した。
あとでマっちゃんに滅茶苦茶怒られた。