冒険者初心者とうさみ 37
「あれ、頭どうしたの? 治す?」
ある日、アップルとナノが酒場に戻ってくると、うさみさんが声をかけてきた。
「お金は出ませんし治すなら自分でなおすなのです」
「そう?」
ナノの頭に大きなたんこぶができていたからだ。
うさみさんはちょいちょいとナノを呼び寄せると、手元にあった飲み物の器を手に取り。
「これ冷たいから当てときな」
と言ってナノに手渡した。
「あ゛ー。な゛の゛て゛す゛ー」
女の子が出してはいけない声を惜しむことなく披露するナノ。
それを横目に、うさみはアップルに尋ね直した。
「どうしたの?」
「実はですねえ――」
「お師匠様、聞いてくださいなのです。アップルがひどいなのです」
アップルが胸を張りつつ説明しようとするのを遮って、ナノがアップルの肩を開いている手でぺちぺちしながら話し出した。
「訓練場が開いていたので模擬戦の訓練をしていたなのです」
「うんうん」
「私がアップルが振り回すのを避けて攻撃しようと踏み込んだその時なのです」
「どうなったの?」
「アップルが! 魔法で私の足元の土を掘っていたなのです! ずるいと思いませんかなのです!」
「お、すごいじゃんアップルちゃん」
「えへ」
「なんでそうなるなのです!? 私そのせいで転んで頭を打ったなのです!」
話を聞いていたお師匠様がナノを慰めずアップルを褒めたのでナノはぷんすこ怒りを示した。
下手をすると足もやっていたし場合によっては腕とかもいっていたかもしれない。
まあアップルの振り回す模擬戦用のこん棒が直撃するよりはましだけれど。
「近接戦中に魔法使うのって難しかったでしょ。どうやったの?」
「先に使っておいて、あとは合図だけで変形できるようにしたの。で、その場所に誘導したのね」
「考えたねえ」
動きながら魔法を使うのではなく、あらかじめ使っておいて罠のように使ったのだ。
狙った場所を踏ませるのはそれはそれで難易度が高い行為である。
自分でできる範囲で工夫したのも高評価。
と、アップルはうさみさんに褒められた。
「変形させる速度が遅かったら狙いも不発するしね。よく練習したねえ。えらい!」
「ありがとうございます!」
「ぐぬぬなのです」
はにかむアップルに歯ぎしりするナノ。
アップルに魔法を教えた氷の魔導師先生はすでに町を離れており、自習で体得したものなので褒められて大変うれしかった。
毎日土団子をいじり続けた甲斐があったというものだ。
「変形の速さが実用範囲になったら次は質か量の練習だね」
「質か量?」
「固い地面や柔らかい泥、サラサラの砂、あるいは、いろいろ混ざった土を自由に動かせるように。がんばれば石とかも自在に動かせるようになるよ。量は言うまでもないよね」
土を動かす魔法は適用範囲が広いのだとうさみさんは語る。
あるいは変質。土を砂に、泥に変化させる。
将来的には魔力から土を生み出せるようになればどんな場所でも土を動かす魔法を生かせるようになる。
ただ、魔力で出した土は魔力供給が切れると消えてしまうので長くは使えないが。
「まあ、土生成とか自力で編み出さなくてもお金払えば覚えられるけどね」
「お金……」
お金はない。いつだって足りていない。
「お師匠様ー、お師匠様の弟子はアップルじゃなくて私なのですー」
アップルが卓をぺしぺし叩いて主張する。
「なに、ナノも魔法覚えたいの?」
「覚えられるなのです!?」
「魔法ギルドに怒られるからダメかな」
「うがー! なのです!」
手に持った器をうさみさんに返してから卓をべしべし叩くナノ。
だいぶ打ち解けたよね、この二人。などと考えながら、アップルはうさみさんに視線を移し。
「あの、それってその気になれば教えられるってこと? ですか?」
「魔力の使い方、ナノに教えてるじゃない。あれは別に広めてもいいし」
それは神官の修行じゃなかったのか。
アップルもナノと教え合って実践しているけれども。
すごい地味だけどうまくやろうとすると大変なのに他のことしながらひたすらやれと言う。魔力が残っていればどこでもいつでもできるのはまあ。
「お師匠様、弟子の私にならなのです!」
「神官の弟子でしょ。わたし魔導師の資格取ってないからよくないんだよ。雇われ仕事してなかったらこっそりやってもいいんだけどね」
「わたしも魔法使いたいなのです……」
うさみさんが顔を伏せたナノの頭を撫でる。
アップル的には、神聖魔法を使えて師匠も身近にいるナノの方がうらやましかったりするのだが。
「お金を貯めるのです、我が弟子よ。
まあ、基礎をしっかりやって他の人が魔法使っているのを観察すればまねっこで覚えられるよ。ゼロから勉強して三十年ってあれ、ほとんどが、魔力知覚にかかる時間だからね」
三十歳で魔法使いになるというのは有名な話だ。
だが適切な師に教われば一日でほとんどの技術の基礎は身につく。
基礎が身に付けば使い込んでいけば上達する。人によってその速さに差はあれど。
あるいは魔物を倒す時に使った技術は上達が早い。これも戦いを職とするものの中では定説らしい。
アップルも先輩に教わった。
ならば戦闘で使えば上達するのか。でも不慣れな技術を命がかかった戦いで使うのは危ない気もする。
「話は変わるんだけど、髪の色と属性が関係してるっていうのは本当なの?」
魔法も教えられると聞いて、ふと思い出したことを聞いてみることにした。
一緒に魔法を習った見習いから、そんな噂を聞いたのだ。
そして桃色の髪の少年は火と光の魔法を使える。
それぞれの程度はアップルとそう変わらない。
火の魔法は野営の際にとても役に立つが、光の魔法は火の魔法で代用できる気がする。
話はそれたが、桃色は火の赤に近い色だろう。
そしてアップルは茶色。土も茶色だ。
偶然の一致だろうか。
「さあ。気にしたことなかったけど……あんまり関係ない……いやそうでもないかも」
「どっちなのです?」
「魔法使うようになって髪の色が変わる人はいるんだよね」
ナノが焦れて催促すると、うさみさんはさらっと告げた。
「じゃあ本当……」
「でも、髪の色って他の要素も大きく関係してるから別にそうとも限らないかなって。つまり当てにはならない。おっきい街の魔法ギルドか魔法の学校に行けば髪色と属性の関連の研究論文あるんじゃないかな」
誰か研究してる人はいそうだし。
と、うさみさんは締めた。
「けんきゅうろんぶん」
「お金払えば読める、と思うよ」
「お金かあ」
「またなのです」
お金お金。世の中お金ばかりかかる。
アップルは、田舎で畑を耕して暮らしたくなった。
それができずに出てきたのだけど。
ナノと顔を見合わせてため息をついた。
いつのまにかナノのたんこぶは消えていた。