冒険者初心者とうさみ 35
「じゃあちょっと脱いでみて」
「え、恥ずかしい……」
「いまさら何言ってるの」
恥じらうアップル。しかしうさみは無慈悲に、早く脱ぐように宣告した。
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アップルは最近売り出し中の冒険者パーティ“花と実”のリーダーである。
正体を隠しているがどう見ても高い身分出身なケラサスや、実力でも年齢でも一番の髭爺グレイプではなくアップルがリーダーをやっているのは両者が辞退したからだ。
我あとからの加入であるし、もしかしたら一年しか所属しないかもしれないからな。 ワシはもう歳だし若い者が中心になってほしいの。
ということであった。
なお、ナノは神官がリーダーをやると神様色が強くなるのでこれも辞退した。
消去法であった。
さてそのリーダーアップルだが、最近悩みを抱えていた。
そして悩んだ末、冒険者ギルドの嘱託治療師であるうさみを、相談があると訪ねたのである。
うさみは思いつめた様子のアップルを処置室に連れ込んで話を聞いた。
そして切り出された相談が。
「実は足が臭いんです」
「なんでそれわたしに言うの」
驚きより困惑が勝り、うさみは眉毛を八の字にして首を傾げた。
「他に相談できそうな人が思いつかなくて」
「ええ……むしろわたしが最初に選択肢から外されないかな」
「まず男の人にこういう相談をするのはちょっと恥ずかしいし、ナノは本とにらめっこで忙しそうだし、マっちゃんは仕事中だしうさみさん暇そうだったから」
「そっかー暇そうだったからかー」
がっくりと肩を落とすうさみ。
まあ言い分はわからなくもない。男性の知り合いは置いといて、ナノは神書を読めるように勉強させているところでマっちゃんが暇な時間はアップルたちは仕事に出ていることだろう。
その点うさみはいつもの席で座っているだけである。
たまに注文して飲み食いしている。
客観的に見て暇そうだ。
うさみはため息を一つついてアップルに向き直った。
「一応聞くけど、足が臭いって自分の足だよね。わたしの足が臭いって苦情じゃないよね?」
「ち、違う違う。あたしの」
慌てるアップル。よかったと胸をなでおろすうさみ。
うさみはサンダルなので足が臭いと言われたらピンチなのだ。
「ブーツ履くようになってからよね?」
「うんそう。なんでわかるの」
「わからいでか」
今まではアップルもサンダルを履いていたのだから、足が臭ければ気付いているという話だ。
アップルがブーツを購入して履くようになってから三週間ほど。
膝まである革のブーツは防具としての性能も考えられたしっかりしたものだ。
防水性も高い。
当然風通しとかは犠牲になっている。
そしてここで冒頭に戻る。
「じゃあちょっと脱いでみて」
「え、恥ずかしい……」
「いまさら何言ってるの。大体こないだまで素足同然だったでしょう」
頬を染めるアップル。
うさみはパタパタと手を振って行動を促す。
「臭い」
「でしょ?」
ついにアップルは脱いだ。
恥ずかしがりながら。
足は臭かった。
自己申告の通りである。
幸いまだ水虫にはなっていないようだったが。
アップルとしては自分の足がこんなに臭くなるのは初めてのことでどうにかなったのかと心配になったからうさみに相談したのだ。
臭いものを臭いと言われただけでは何も始まっていない。
「これ大丈夫? 病気とかじゃない?」
「ブーツ履いてたらみんなそうなるよ。大丈夫かって言うと大丈夫じゃないけど」
「大丈夫じゃないの!?」
毎日一日中、体を洗う時と寝台に上がるまで履きっぱなしが基本である。
そりゃ臭うようになって当然だ、とうさみは思うが、それはそれとして水虫にでもなったら大変だろうとも思う。
うさみには縁がないことだし軽い言葉になってしまうが。
しかしアップルはその軽い言葉に対し激しく反応した。
「あたし、死ぬの? 死ぬんですか!?」
「いや足が臭くて死ぬことはないと思うけど」
「じゃあ何が大丈夫じゃないんですか!?」
「今は大丈夫でも今後病気になるかもしれないっていうか」
「あたしブーツ履くのやめる!」
今日はなんだかテンション高いなこの子。
と、うさみは思った。
いつもはナノとセットで、ナノがうさみの弟子なのでアップルは一歩引いている感じがする。
今日は本人がうさみに用があってきたわけで、つまりこれが素ということだろうか。
うさみは慌てるアップルを落ち着かせると、足のケアやブーツの扱いについて知っていることを教えた。
清潔にして、指の間までちゃんと洗う。
ブーツは履きっぱなしじゃなくちゃんと乾かす。木炭や銅貨を使った除菌乾燥。
死の神聖魔法を使った除菌法は、ナノがそこまで習得するのにかかる時間を考えるとまだ教える必要はないと判断して教えなかった。
問題は、仕事は泊まりが多く、その間に靴を脱げる機会は少ないことだ。
編み上げブーツは履くのに時間がかかるので休息中であれ敵襲の可能性がある以上脱ぐのは危険だ。そのせいで危険から逃げられなくなったりしたら目も当てられない。
うさみはとりあえず、靴を履いたまま足が臭くならないようにする魔法を考えることにしてこの問題は棚上げし、仕事中以外はサンダルを履くことを勧めた。
その間にブーツを干したりできる。今のアップルたちのスケジュールでは中一日しかないので万全とも言いにくいが。
「あとは予備のブーツを買ってローテーション……」
「そんなお金持ちみたいなこと……」
「まあそうだよね」
アップルたちが必要としている装備はまだまだある。
ちゃんとした鎧とか。これがやはり高い。
今使っている他の装備も、もっといいものに更新していきたい。靴も含めてだが。
そうするとやはりお金が足りないわけで。
「できることをやる……やります」
「うんまあがんばって。ついでにナノにも教えてあげてね」
「はーいー」
稼ぎは大きく増えたがそれでもお金は足りない。
そろそろ仕送りもしておきたいのだが。
アップルは最近よく聞くようになった「お金は大事なのです」という言葉をまた実感するのだった。