冒険者初心者とうさみ 34
「やっぱりお金だねえ」
「お金ですか」
「そうじゃのう」
冒険者ギルドの表玄関から壁を一枚隔てた会議室兼応接室に三人の人物が集まっていた。
ドイ・ナカノ街最強の男、冒険者ギルドのギルドマスター。
冒険者ギルドの受付のマっちゃん。
あとうさみである。
「最低でも武器を持ってないと戦えって言っても無茶じゃからなあ」
「素手で魔物を縊り殺しそうな人が言っても説得力がないね」
年齢不相応なムキムキのでっかいお爺ちゃんであるギルドマスターがちっちゃいうさみと真顔で話すさまはいつ見ても違和感があるなあとマっちゃんは思う。
年齢で言えばうさみの方が年上なわけだけれど。
見た目では孫とお爺ちゃんである。
さて、この三人が何をしているかといえば、新人支援の成果報告である。
具体的にはアップルとナノについて。
すでにアップルたちのパーティが正規冒険者となって一週間が経過し、パーティとして二度の仕事を成功させている。
ギルドによる新人支援の成功例であると言っていい。
のだが。
「やっぱり二人は例外ですよね。二度、金貨単位の支援が横から入っていますから」
「真面目で士気高く若手で元の能力も高め、という話だったから期待はしていたのじゃが、例外案件になってはなあ」
「でも借金負わせてるけど」
「催促なしの借金なんてその日暮らしの人間の足かせにはなりませんよ」
貴族からの褒賞で金貨を一枚ずつ。
そして昇格時の装備更新。金貨十枚程度は資金が入っている。
グレイプは引退した王国騎士で追加加入したケラサスはアレなのでアレなのだがアレはアレで。
見習いの身分に甘んじる者は多い。
割と安全で最低限働けば飯が食えるからだ。
そのことがギルドとして問題になっているが、今のところ解決の目途は立っていないのである。
伯爵側の政策でまともに冒険者となる見込みがないものも切り捨てられないこともあるが、この状況を解決することはドイ・ナカノ街冒険者ギルドの長らくの課題だ。
そのために見込みがある者を観察し、昇格する過程を研究しているのだ。
だが残念なことに、いや幸いアップルたちは、例外になってしまった。
他と比較できなければ参考にするのは難しい。
「じゃがまじめでやる気のあるものに金を出せば昇格できるということはわかったな」
「マスター、そりゃそうでしょうよ」
「そんな難しくないしね、試験。それより見習いがお金貯められないのが」
予算に限りがあって、一人でも多く抱えるという方針がある。
そのため、一人一人に割ける予算は限られている。
雑魚寝部屋の維持費は知れているが食費はそうではない。
冒険者は肉体労働だ。ちゃんと食わせないと仕事をさせられない。
伯爵からの補助金はほぼ彼らの食費に消えている。
また、雑用仕事の報酬で見習いの育成用の講義を開催している。
見習い以外もお金を出せば受けられる。
これを自由参加で強制しないのは、やる気がないものを参加させると害悪にしかならないからだ。
講師の負担が増えるし参加者も士気が落ちる。
逆に言えば講義にまめに参加している時点でやる気があるということで、彼らを観察していれば参考になるデータが取れる。はずだったのだが。
「講義を受けたらお金がもらえるというのはどうでしょう」
「それはやる気のない参加者が増えるだけじゃないかなあ」
「やる気と能力があるものに金を出す、と簡単そうに思えるが難しいものじゃな」
ギルドマスターがため息をつく。
ところで、なぜうさみが話し合いに参加しているかといえば、お金の専門家である金銭神の神官であるからだ。
お金の扱いが一番うまいのは金銭神の神官であるというのは世の常識。
商人も兼ねている神官が多いので半ば事実ではある。
さらに今回はナノの師匠でもあり、アップルとも比較的懇意なので、マっちゃんともども聞き取りの対象でもあるのだがさておき。
「前お金渡したら飲み代に消えたじゃない? やっぱり現物支給にするのがいいんじゃないかなあって」
「そんなことがあったんですか」
「ああ、あったあった。それをどうにかしようと全員の金の使い道を調べて回るという案が出たのじゃが、手間がかかりすぎるから中止になったんじゃ」
相談されれば話を聞くのも神官の務め。
うさみは不良神官だが、偉い人に頼まれると断りにくい小市民でもある。
実際に物事を決めるのはギルドの人間だが、話をするくらいならと協力しているのである。
役に立っているかはわからないが、何度か提案を採用され、失敗したり成功したり一見成功だが失敗してたりしている。
それなりの期間協力しているのでそれなりに。
「しかし、あんたは老けないな」
「あと何百年かはこのままだよ。マスターはおっきくなったよね。前はわたしと変わらなかったのに」
「『老けたよね』じゃないんですねえ」
そしてそれなりに仲良しなのであった。
「お爺ちゃん口調似合わないよね」
「そんな言うのあんたくらいじゃぞ」