冒険者初心者とうさみ 29
マっちゃんが三人組の相手をしている間、うさみは給仕の娘に飲み物を頼んだ。
足をぶらぶらさせながらやってくるのを待つ。
そしてついにやってくる。
細かく削った氷の上から果物のしぼり汁を注いだ冷たいジュース。
ご丁寧に、木製のコップも冷やしてある。
いただきます。
両手でコップをもって口に運び、そっと傾ける。
酸味と甘みが口の中に広がっていく。
そこで。
「おうおう、あんなガキがいるくらいだ、このギルドの程度も知れてるだろ」
という怒鳴り声が響いた。
見ると、三人組がうさみのいる方を見て、うち一人は指まで指している。
うさみは念のため周りを見回した。
他の人のことかもしれないので。
しかし、指の向く方向へはうさみしかいなかった。
給仕の娘と酒場の親父さんが苦笑いしていた。
うさみは椅子からぴょんと飛び降りて三人組のもとへ向かうことにした。
三人組は話題に出した子どもが寄ってきたので身構えた。
ここでうまくやれば形勢は自分たちに傾くのは経験上確かなことだ。
相手はガキと若……くはないが女である。ちょっとごねればうまいこと話が進むものだ。
「おうガキ。なんか文句でもあんのか」
「スッゾコラ」
「そうそれ」
子どもはにらみつける三人組の前までやってきて、ニッコリ笑みを浮かべて言った。
「アナタハーカミヲーシンジマスカー?」
「は?」
「え?」
「なんて?」
右手を胸の前に持ってきて、手のひらを上に、親指と人差し指で丸を作る。
その丸の向こうに見えるのは、金色の。
「金銭神様の使いにして冒険者ギルドの嘱託治療師、エルフのうさみです。何か御用? 軽傷の治療だったら、銀貨から。その顔の傷を治すなら金貨からだよ」
「げえっ、銭ゲバ神官!?」
「ぎゃああああ!? しかも金の聖印!?」
「そうそれ!?」
子ども、うさみが首から下げているのは金貨の首飾り。
金銭神の高位神官の証にして信仰の証、聖印である。
金銭神の神官は前線の冒険者に評判がよくない。
別にそれ以外に評判がいいわけではないが置いといて。
神聖魔法を使うのにお金を必要とするが、前線では貨幣が足りてない状態がままある上に、戦闘中にお金が無くなったら魔法が使えなくなるという欠点を持ち、大けがを負って治してもらったら金銭神の神官で費用を請求されたという事例がよくあるのだ。
軽傷を治療する魔法は神官なら大体使えるのだが、瀕死の重傷を癒せるのは一部の神の神官に限られる。
それが慈愛の神とその眷属。そして金銭神である。
それも、いずれも高位神官でなければ扱えない。
比較対象が無償の愛を標榜する慈愛神であること、きっちり請求してくること、踏み倒したら金銭神から罰が与えられること、副業(あるいは本業)で商売をやっているものが多く高位神官ともなると無視できない影響力を持っていること。
などの理由により、死にかけを癒してもあまり感謝されない。
そんな金銭神の神官は銭ゲバ神官と呼ばれ、敬遠されているのである。
「あれ、おじさん虫歯があるよ。それじゃあ歯を食いしばれなくない? 治そうか? 金貨からだよ」
「いや結構!」
「こっちみんな!」
「そうそれ!」
ちっちゃい体で下から覗き込む金銭神の神官。
三人組は完全に逃げ腰だった。
なんで神官をそんなに怖がるのかはわからない。もしかしたら大金を請求されて前線で戦えなくなったのかもしれない。どんな理由だ。
「御用がないなら戻るね。『金貨は誠意、金額は信仰』」
去り際にもう一度右手を胸の前に持ってきて、手のひらを上に、親指と人差し指で丸を作る。
これは金銭神の祈りの仕草。
しかしこれも三人組には不評だった。
大男たちは触りたくないものを見るようにうさみを見送った。
いつもの席に帰ったうさみはだれにも聞こえないようにつぶやいた。
「ああ怖かった」
一方、マっちゃんと三人組のバトルは、三人組の士気が大きく落ちたことと、騒ぎを感じたか、奥から三人組より大きく顔も怖いドイ・ナカノ最強の男、冒険者ギルドのギルドマスターが現れたことで決着がついた。
審査は三段冒険者パーティという結果になった。