冒険者初心者とうさみ 27
「心配しすぎじゃないですか」
昼を回ってしばらく、仕事がひと段落して暇な時間帯。
ドイ・ナカノ街冒険者ギルド受付、マっちゃんと呼ばれている女性二十一歳バツイチは同僚――といっても自分は正規雇用で向こうは出来高の非正規雇用だが――に声をかけた。
冒険者ギルドの嘱託治療師、金銭神の神官うさみ年齢不詳。
どれくらい年齢不詳かというと、見た目は子どもなのにマっちゃんが最初に就職した時からずっといて見た目が全く変わっていないくらいの不詳さである。
エルフの年齢とかわかりませんうらやましい。
その年齢不詳がいつもの席に座り、卓を人差し指の爪でコツコツと叩き続けていた。
普段なら何を考えているのかわからない顔でおとなしくしているか、食べ物を注文して食べているか、見習いにおごっているか、お駄賃を渡して外に買い物に行かせているか、本を読んでいるか、まあ何にしても静かなものなのだが。
今日に限ってはどこかソワソワ、いや、イライラ?
どこか落ち着かない様子だったのだ。
そして思い当たるのは、最近目をかけている見習い、弟子のナノ(とその友人のアップル)が魔物との戦闘がある仕事に出かけていることだ。
「えー。なにが?」
うさみがきょとんとした顔で聞き返してきた。
自覚無かったのか。
マっちゃんはどう説明したものか迷う。
本人が気づいていないのに説明するのは面倒だ。
でもなあ。話しかけた以上ここで止めるのもなあ。
暇だしなあ。
「さっきからずーっと卓を叩いてるじゃないですか。ナノちゃんが心配なんですよね」
「え、あれ?」
うさみが首を傾げて自身の左手を見る。残念、叩いていたのは右手です。
コツコツコツ。
「おおう!?」
「そこまで混乱されると私としても反応に困るんですが」
ついに右手の動きに気づいたうさみを見て、マっちゃんは苦笑い。
「先日の件があるから心配なのはわかりますけど――」
「あー、いや違うんだよ。いや違わないのか」
うさみがマっちゃんの言葉を止める。
「ナノが一人前になったら引退しようと思っててさあ」
「え!?」
年齢不詳が引退?
そんな歳なの? この見た目で?
つるんぺたんすとーんでお肌ぷにぷにで冒険者ギルド職員恒例抱っこしてあげたくなるギルド関係者投票堂々の第一位を維持し続けるこのちっちゃなエルフが?
この子が引退しなきゃいけないなら私の方が先に引退しないといけないのではないだろうか、とマっちゃんは真顔で考えた。
「もうすぐ三十年くらいになるからさー。ナノを育ててたら十年くらいかかるだろうから、四十年。ちょうどいい感じじゃない?」
何がちょうどいい感じか知らないが。
「うさみちゃん、私が生まれるより前からここにいたんだ!?」
「そっち!?」
うん。そっちの方が衝撃的だった。
と、マっちゃんは頷いた。思わず素が出た。
「何歳なの、ですか?」
「なのですってナノちゃんじゃないんだから。まあマっちゃんのひいおばあちゃんよりは年上だよ」
「ひえぇ」
うさみちゃん、いやうさみさんと呼ぶべきだろうか。
でも、長いことうさみちゃんと呼んできたしな。
いきなり呼び方変えたら傷つけるかもしれない。
気にしないような気もするけれど。困ったときは現状維持でいいか。
「で、それで?」
「それでって?」
「十年も先の引退が、どうしたんです?」
十年も後のことで今突然ソワソワしている、というのがわからない。
「ああ、うん。金銭神の神官は知っての通りだから一緒の場所に大勢いてもよろしくないからね。あの子ならこの街出身だし、わたしもそろそろ遊びに行きたいしちょうどいいと思ってさ。だから十年は生き延びてもらわないと困るんだよね」
「やっぱり心配してるんじゃないですか」
冒険者の死傷率は高い。
どこまで安全を優先したところで、戦う仕事だ。一つのミスで命がなくなるなんて事はザラである。
ドイ・ナカノ街の冒険者ギルドは他所のギルドと比べると比較的マシらしいが、それでも正規登録後十年この街で冒険者を続けられるものは決して多くない。
「いやあ、特定の冒険者に肩入れはしてないよ」
「してるじゃないですか、弟子だし。というか弟子ならいいと思いますけど」
ギルド職員は立場上冒険者に対して中立でなければならない。
とはいっても、うさみの場合は正規の職員ではないし、神官としての立場もあるのだから、弟子を弟子として気に掛けるくらいはかまわないだろうと思う。
死にかけたところを神聖魔法で呼び寄せるくらいは。出来るのならやってもいいのではないだろうか。普通出来ないけれど。
「そうかな? どうもね、人にものを教えるのは難しくて。毎度悩むんだ」
「長生きしててもそういう悩みはあるんですね」
「教える側としてはやっぱ自分を越えてほしいんだけどね。時間がね」
「寿命の問題だった」
うさみちゃんがひいおばあちゃんより年上だというのが事実なら、人間を弟子にとって訓練時間で自分を越えさせようというのは難しいのだろう。
マっちゃんのひいおばあちゃんは生きていたら八十過ぎている計算だ。
人間の一生分差がついていたらそりゃあ超えるのも容易ではないだろう。
しかも老化しない。
エルフうらやましい。
「まあ無事に帰ってきたらいいんだけど」
「ですねえ」
その時、冒険者ギルドの入口から誰かが入ってきた。




