冒険者初心者とうさみ 25
ドイ・ナカノ街には孤児院がある。
何代も前から続いている伯爵による施策のひとつで、街中に複数存在している。
孤児も働ける年齢になれば仕事を探すことになる。
伯爵家を介して各ギルドと提携しており、弟子に欠員があれば就職できる。
とはいえ、欠員というのは多くは出ない。世襲に近い実態があるためだ。親方の身内が優先されるのである。
他には街の門兵や伯爵家の下働きとしても採用される。
それから、孤児院の職員もだ。
子どもの世話は大変である。さらには食事も大量に作る必要がある。
経営については伯爵家側から派遣されてくるが、それ以外に必要な大人の手は孤児院出身者がそのまま職員として働いている。
それらも定員というものがあるので常にすべての年頃の孤児が就職できるわけではない。
どうしても余ることがある。
その場合、冒険者ギルドへ行くことになる。
冒険者ギルドも孤児院と提携している。どちらも伯爵家の財布から資金が出ているのだ。
そして前の季に、一名職にあぶれるものが出ることが確定した。
その一名こそがナノ……というわけではない。
ナノすでには孤児院の職員として働いていたのだ。
もちろん孤児院出身であり、孤児院内のことはよくわかっていた。
あぶれるのが誰になるかまで。
その子はナノの二つ下の女の子で、あまり体は強くないが面倒見がよく、やんちゃな男の子たちを拳骨なしで窘められる才能を持っていた。
男の子はやさしいお姉さんに弱いのだ。締めるところはちゃんと締められるならなおさらだ。
この娘が冒険者ギルドに向いているかといえば、考えるまでもない。
体が弱い娘が向いているはずがないのだ。
そのほかの仕事でも、体力がものをいう仕事は多い。だからこそあぶれる候補の最右翼なのだ。
そこで、ナノは孤児院の職員に欠員を作ることにした。
辞職したのである。
独断ではなく、他の職員や院長とも相談した。
あの娘を冒険者にするのはみすみす死にに行かせるようなものだ。
孤児院の職員にも向いている。
ナノの方が生き延びる目は大きい。
とはいえ、ナノの仕事に瑕疵があるわけでもなく、ナノ本人が言い出さなければそういう話が出ることはなかっただろう。
だが言い出した。
「というわけで、私は冒険者になりたいと言って孤児院を飛び出したなのです」
アップルとナノは処置室の寝台で話をしていた。
暇だったのだ。
そして話のネタがつき、身の上のことに話が及んだ。
冒険者の間では人の過去を探るのはタブーに近い扱いをされているが、自分から喋る分には何の問題もない。
暴走した結果倒れた二人は、自分の出発点を見直そう、という意図があったのかどうかはともかく、お互いの身の上を話し合ったのだった。
「ということにしたのね。よくまあそこまでするわ」
「かわいい妹なのです」
「それはわかる」
アップルも弟妹がいるのでよくわかる。
孤児院のこと、血は繋がっていないのかもしれないが、そこまで追求するのも野暮だろう。
しかし。
「それで金貨十五枚かー」
「な゛の゛て゛す゛っ」
アップルがぼそっとつぶやくと、ナノが卓に頭をぶつけ、ゴスンと音が響いた。
「あんまり頭ぶつけてるとお馬鹿になるよ」
通りすがりのお師匠様が弟子に一言告げて去っていく。
孤児院の予算はいつだっていっぱいいっぱいだったという。
有志の心づけがあればどれだけ助かるか、職員を経験したナノはよくわかっていた。
よく働いて仕送りをしようと決めていた。
決めていたのだが。
「でもほら、ナノは神官の仕事でも収入あるし」
「ええまあ、神官仕事の報酬から天引きで返済に充てると言われたなのです」
債権者に一言いいたいところだが、そもそも半分負担してくれているのである。
命が助かったうえ、負担を背負ってくれたお師匠様に何を言えるというのか。
「早く稼げるようにならないとなのです……」
「そうね。まだ必要な道具もそろってないし」
二人はため息をついて、今後のことを相談し始めるのだった。