冒険者初心者とうさみ 23
翌日。
「なのですううう」
ナノは頭を抱えていた。
アップルはナノを抱えていた。
「借金金貨十五枚……十五枚? どうやって稼げばいいなのです……!?」
現在、ナノはぴんぴんしていた。
昨日、例のパーティのリーダーとまとめてうさみさんが癒しの魔法で快癒させたのである。
腕や足がにょりにょりと生えてくるのはちょっと生理的嫌悪をもよおす光景だったが間違いなく全部治ったのだ。
それどころか昔料理中に包丁で怪我をした痕まで消えていた。
この費用は金貨一枚で、リーダーが支払うことになった。
問題はその前の、ナノを呼び寄せるのに使った神聖魔法である。
条件付きで遠くの信者を術者のもとへと連れてくる高位神聖魔法だとか。
金銭神の高位神聖魔法である。
その対価は魔力とお金。
かかった費用としてナノはお師匠様であるうさみさんに請求されたのだ。
重債務者の仲間入りである。
そしてアップルはきれいさっぱり治されたナノにべったりだった。
あんなことのあった翌日なので仕方がないかもしれないが、ちょっと過剰反応すぎだろうと周りの皆は思いつつ眺めていた。
そっちのケでもあるのかとからかわれたときには真顔で否定していたが。
それでも、朝の雑用仕事はちゃんとこなしていた。
「あー、その、ナノちゃん?」
「ふしゃああああ」
声をかけたのは、ナノたちを癒した後、街の門まで出張したうさみさんによって癒されたパーティメンバーの女性だ。
すかさずアップルが威嚇する。
「あ、すみませんなのです。こらアップル、ちょっと落ち着くなのです」
ナノがぺちぺちとアップルの額をたたくと、アップルは飼い主に叩かれた犬のような表情でナノを見た。
そしてナノの手でおとなしく引きはがされた。
ちなみに、女性メンバーの前にリーダーが一度来たのだが、アップルの剣幕に尻尾を巻いて逃げている。
「急がなくてもいいのだけど、今後について、お話させてもらえる?」
「はいなのです」
女性メンバーが持ってきたのはつまり、お試し加入を正式なものにするか、もう少し続けるか、加入を取りやめるかという話である。
ナノはすでに決めていた。
「申し訳ないのですが、今回の話はお断りさせてもらいたいなのです」
女性メンバーはやはりという顔をした。
「力不足が身に染みたなのです。私が追いつくまで待ってもらうようだと、上を目指そうという皆さんの目的からすると本末転倒なのです」
「今回の件は、ナノちゃんだけじゃなく、パーティ全体がの実力不足だったし、不運もあったわ。鍛えなおすことになるから、そうはならないと思うの。ナノちゃんがいてくれなかったらリーダーの命もなかったでしょうし」
説得の言葉を連ねる女性メンバーだが、ナノにはあまり響かなかった。
それはやはり、結果としてナノを置いて逃げたという事実があるからだろう。
逃げたほうは負い目を覚えるし、逃げられた方も。
だからといってナノを助けに行けば全滅していただろう。
全体としての判断は間違っていないのだ。
街まで報告に戻れなければ被害はもっと増えていた可能性もある。
問題の虎狼の群れは今朝討伐隊が組まれ出発している。
これも、彼らのパーティが帰り着いたからこそである。
「それにですね、大借金ができてしまったなのです。戦力以外の面でも足を引っ張ることになるなのです」
「う」
金貨十五枚は中堅冒険者にとっても大金だ。
敗戦で装備を更新しなければならないパーティにとって大きな負担となる。
これでも半分は魔法を使ったお師匠様たるうさみさんが自腹を切った後だという。
ナノをパーティで引き取ろうというならば、この負債をパーティで持つのが筋だ。
ナノの犠牲でパーティが生き残った、そのフォローであるのだし、最も新人で実力が足りないナノが借金に追われていては全体の底上げにも支障が出る。
別のパーティならともかく、今回の事態を引き起こした彼らに限っては、金貨十五枚を無視してナノを加入させるというのは、筋論でも、実利でも、感情でも通るまい。
女性メンバーは一つためいきをつき。
「わかったわ。気が変わったら声をかけてね」
と言い残して席を立った。
「よかったの?」
しばらくの沈黙の後、アップルが尋ねる。正気に戻ったのか、べったりしがみつこうとするのはやめたらしい。
「まあ、今加入しても、上手くいかない確信があるなのです」
冷静に考えれば理屈の上では、彼らの行動は正しい。
正しいということは同じことがあれば同じ結果が出るだろう。
彼らが生き残れたのは喜ばしい。
虎狼に散々弄ばれたのは強烈な経験だった。
なんで自分が。
痛みと苦しみの中で考える余裕もなく、それを思うばかりだった。
理屈と経験を踏まえて感情を加味すると、とても彼らとパーティを組むことはできない。
では、例えばアップルとなら組めるかといえば……。
「とりあえず、もっと強くならないとなのです」
「借金どうするの?」
「なのですううう」
決意のこもった目で遠くを見るナノ。
それを見たアップルがぼそりとつぶやくと、ナノは頭を抱えて卓に沈んだのだった。