冒険者初心者とうさみ 20
「声がかかった?」
「はいなのです」
アップルの三度目の魔法の講義も終わり、氷の魔導師から助言と、新しい練習法を教えられた。
魔法を覚えたことで即座に様々ないいことが! とはいかなかったが、使い道を考えながら今後に向けて蓄積していくことは、武器を失ったことによる失意と閉塞感を吹き飛ばしてくれた。
ただ、それはそれとして、まだ収入が増えたわけではなく、見習いのままだ。
アップルの場合、武器があれば戦闘能力は見習いの域を超えていると、自他ともに認めるところである。
あとは最低限必要な知識を補完できれば冒険者としてやっていけるだろう、と講師からも告げられていた。
一方ナノはというと。
時折、うさみさんから呼ばれて神聖魔法を使うようになっていた。
うさみさんは冒険者ギルドの治療師としてギルドに所属している。
お金を払ってでも怪我を癒したいと思うものはいる。同等の効果を得られる魔法薬を購入するよりは安いのだそうだ。
その中でナノでも治療できそうな軽傷だった場合に、ナノに魔法を使わせるようになった。
これによって、ナノも魔法治療を行える神官であることが広まってきており、また心づけとして新たに収入を得られるようになっている。
頻度は低いが、お金を払って軽傷を治そうという人の心づけである。
さらに神様からもお金をもらうことができる。
神官やめた方がいいとは何だったのか。
アップルとしては一歩先を行かれた気分である。
話が来たのはそんな時のことだ。
ナノにパーティ加入の声がかかったのであった。
ドイ・ナカノ街の冒険者ギルドの規則上、正規冒険者のパーティに新たに入る人員は正規冒険者となる敷居は低くなる。
全員必須とされている基礎的な部分を除けば、パーティ全体で条件を満たしておけばいいからだ。
正規冒険者パーティは当然その条件を満たしている。
なので後から加入する者に対しては条件がずいぶん緩くなるのである。
なので、メンバーを増やしたいパーティは使えそうな見習いを物色するために引率の仕事を受けたりするし、見習いの方もそれがわかっているのでアピールする。
見習いの視点で見ても、有力なパーティに加入できれば見習い同士でパーティを組むよりも戦力的にも稼ぎ的にも上になるからだ。
「一歩上を目指すために回復魔法が欲しいそうなのです」
やはり癒しの魔法を使えるというのは強力な武器である。
そもそも神官の冒険者というのは数が多くない。
負傷の頻度が高い冒険者にとって、即座に治療できる回復魔法は有為。
さらにナノの素行はよい。少し調べれば最近の勤勉さがわかるだろう。
早起きして体を鍛え、神官の勉強をして、仕事をして、講義を受けて、情報交換を行う。
そこまでしている見習いは多くない。
ちなみにアップルも毎朝のジョギングに付き合うようになっていたが、ナノが神官の勉強をしている間は土をいじっているので遊んでいるように見える。
「それで?」
「最初はお断りしたのですけど、せめて一度試してみてほしいと、どうしてもと言われたなのです」
ナノは上目遣いでアップルを見る。
アップルとナノは一緒にパーティを組もうと話し合い、その前提で今まで準備をしてきた。
その観点から見ると、これはナノが引き抜かれているということであり、ナノの抜け駆けとも言える。
しかし、正式にパーティを組んでいるわけではないため、声をかけた側の過失であるとはいいがたい。
ならば二人一緒にではどうか、となるとまた難しい。
アップルの戦闘能力は見習いとしては図抜けていると述べたが、冒険者全体でみるとやはり駆け出しの域を出ていない。
今回ナノに声をかけた冒険者パーティの格は中の下と言ったところであるが、それでも戦闘能力を見るとアップルではとても及ばないレベルにいるのである。
つまりアップルでは純粋な足手まといなのだ。
一芸を目につけられたナノとは話が違うのである。
それに一人入れるのと二人入れるのではやはりわけが違う。
冒険者パーティは小規模なので、一人の増加による変化が大きいのだ。
具体的には一人当たりの収入が。
更に、欠員が出たのでなければ、それまではうまく回っていたメンバーに追加するわけだ。
見どころはあっても見習い二人セットで採用しようというのは連携も考えると厳しいものがある。
そもそも、ナノは、そして実はアップルも、声をかけられたのは初めてではない。
アップルは甲羅鳥と渡り合ったことで名を上げ、その際に。
ナノも今回より前にも声がかかったことがある。
その時はそれぞれ断っている。
アップルは武器を失ったことが大きかったし、ナノは相手が金銭神の神官についてよく知らなかったため、実態を話すと向こうから断られた。
今回はお金がかかることは織り込み済みで是非という話で、先方の熱意もありいっそしつこいと言えるほどのアプローチがあった。以前に声をかけてきたパーティよりも格上だったというのもあり、押されると断りにくかったのだ。
そこでナノが持ち帰って相談しますと譲歩してきたのである。
とはいえそこまで望まれるというのはナノとしても満更ではないようだった。
アップルとしては先を越されたと思っていたところでの話。
ぶっちゃけ悔しい。ぐぬぬ。
だが、一緒にやってきたナノが評価されるのがうれしい部分もあった。
そんなナノの足を引っ張ることのほうがもっと悔しい。
アップルは複雑な気持ちを抑えて、ナノに告げた。
「そういうことなら、一度試してみたら? どっちに転んでも経験になるだろうし」
こうして、ナノは正規冒険者のパーティにお試し加入することになった。