冒険者初心者とうさみ 19
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ」
「ななののでですす」
冒険者ギルドの酒場で二人の少女がにらみ合い、奇声を発していた。
二人がついている卓の上にはてっかてかに磨かれた土団子が置いてある。
それが時折ぷるぷると震え、ころんと転がる。
転がるのは、茶髪の少女の方へだ。
茶髪の少女がニヤリと笑みを浮かべる。
すると黒髪の少女の顔が険しくなり。
「なあああのおおおおおでえええええすうううううう」
更に奇声に力がこもる。
そして土団子が動かなくなる。
茶髪の少女から笑みが消え、逆に黒髪の少女が頬を上げる。
そんな怪しい二人、アップルとナノは周囲の冒険者やその見習いたちの注目を浴びていた。
そりゃあ奇声を発しながら百面相をしている少女がいたら誰だって気になる。
気味が悪そうに見るもの、煩わしそうに睨んでいるもの、少女の顔を見ているもの、少女の荷物に手を出そうとしてひっぱたかれているもの、土団子の動きに注目しているもの、土団子の周りの中空を見ているもの。
やや遠巻きに二人の卓は囲まれて、様々な種類の視線を投げかけられていた。
そんななか。
「何事?」
人垣を割って一人の女性が顔を出す。
アップルとナノは気づいているのかいないのか、これをスルー。にらみ合い、奇声をあげるのに忙しいのだろう。
「へえ?」
「う・る・さ・い・で・す・よ!」
女性、氷の魔導師が感心したような声をあげるのと、まるめた紙で二人の頭が叩かれたのは大体同時だった。
ぽこんぽこん。
叩いたのはギルドの受付のマっちゃんだ。
いつのまに割り込んできていたのか。
「昼間っから酒場で大騒ぎしないでください。依頼のお客様も来るんですから!」
マっちゃんは腰に手を当て、ブルんと胸を揺らして二人を叱った。
それを見ていた野次馬が口笛を吹くと、マっちゃんはそちらをじろりと睨む。
マっちゃんは普段あまり怒らないが怒ると怖い。
冒険者たちは美人ほど怖いよね、そうだねと視線で会話しながら逃げるように散っていった。
そして最後に残ったのがアップルとナノと氷の魔導師である。
氷の魔導師はマっちゃんに視線を向けられ、あ、あたし今来たとこなんで知らないっすと首と手をぶんぶん振って示した。
「で、なにをしていたんです?」
「ま、魔法の練習?」
「な、なのです?」
魔法の練習と聞いて、マっちゃんはもう一度氷の魔導師を見た。
氷の魔導師は首と手をぶんぶん振った。
「酒場ですから少々羽目を外すのはいいですけど、そんな絶叫するような練習をするなら裏でやってください」
「はい!」
「なのです!」
マっちゃんは、アップルとナノに対し言い聞かせるようにそう告げると、二人の返事に満足したか、元の仕事に戻っていった。
アップルとナノはぶるりと震えて、席を立ち、裏――この場合は戦闘訓練などを行う中庭――へとこそこそと出て行った。
声をかけ損ねた氷の魔導師もその後を追った。
その夜から三日間、アップルの三度目の講義のちょうど前夜まで、金銭神の神官うさみと氷の魔導師が同じ卓で食事をし、遅くまで話し合う姿が目撃された。