冒険者初心者とうさみ 9
「お疲れだね」
アップルとナノがピクニックから帰り、マっちゃんから報酬を受け取って夕食をとろうとギルド併設の酒場へ向かっていると、珍しくうさみ神官様が話しかけてきた。
ピクニックというのは雑用仕事の一つなのだが、昼までではなく晩までかかることを前提としたものだ。
ドイ・ナカノ街から伸びる街道を朝早くに出発し、お日様が真上にくるまで移動、お弁当を食べて帰ってくるというものである。
引率の冒険者は六名から十名、つまり一、二パーティつき、見習い冒険者も多く割り振られる。
お弁当は支給されるし、拘束も晩までなので比較的報酬も多い仕事である。
「一日小走りで移動し続けるのは思ったより大変だったなのです」
「何回も休憩取ったじゃない」
「うう、村育ちは基礎体力が違うなのです……というかアップルが張り合って競争みたいになったから余計に疲れたなのです」
参加した見習いの中に、以前模擬戦で怪我をさせた相手がいた。
アップルとの仲は険悪とはいかないまでもよくはない。お互いあまり関わらないようにしていたのだが、今回かち合ってしまったのだ。
その結果、張り合うことになったのである。
殴り合い殺し合いになるよりはましだが、巻き込まれたナノにとっては厄介事以外のなんでもない。
他の見習いも二人にいい感情をもたないだろう。
そう思い、ナノはアップルを抑えようとしたが、熱くなった二人は止まらなかった。
「あはは。まあ無事に帰ってこれてよかったじゃない。初参加で脱落しなかったんだから十分だよ」
脱落者が出なかったのは引率の先輩方がうまくペースを調整して休憩も挟んでくれたからだろう。
「あたいより前に出たらぶん殴る」と言って止めてくれたのはアップルの初仕事の時に引率役だったボスである。それくらいはっきり言ってくれなければ止まらなかっただろう。
それでも前に前に出ようとする二人につられ、全体の速度が小走りになったのはナノにはなかなかつらかった。
ボスも止めはしたものの、他の先輩と相談しながら、集団が伸び切らない程度、脱落者が出ない範囲でギリギリまでペースを速めていたように思う。
「でも先輩たちはみんな平気そうだったわよ。それくらい体力ないとやっていけないってことじゃないの?」
「先輩は先輩だからなのです。……でも一理あるなのです……」
先輩たちは見習いよりも多くの荷物を持っていた。
武器防具に背負い袋、その他装備品。おそらくあれが冒険するときのフル装備なのだろう。
見習いはお金がないので持ち物が少ないのは仕方がないところだが、それだけ荷物は軽い。
この荷物の差があっても平気な顔をしていた先輩たちは一線を画する体力を持っているということだ。
ナノは少し落ち込んだ。
しかし、他の見習いがナノと大差なかったことを考えると経験を積めば差は埋まっていくのではないかとも思う。
上を見て落ち込むか下を見て安心するか。
「まあ頑張って追いつきましょ。そのために訓練とか講義とか受けてるんだもの」
「……なのです!」
上を見て頑張ろう、というアップルの言葉に、ナノは頷いた。
「じゃあ頑張る若者におばあちゃんが飲み物おごってあげよう」
「お」
「おばあちゃん?」
うさみ神官様の言葉に二人は困惑した。
こんな子どもが自分のことをおばあちゃんて。
いやでもエルフで自分たちより長く生きているのなら、おばあちゃんと呼ぶような年齢でもおかしくはない。
確か十倍以上生きていると言っていたか。
事実ならおばあちゃんでもおかしくはない。
でも見た目子どもなんだよなあ。
「はいどうぞ。疲れたときは甘いものがいいらしいよ」
二人が首を傾げながら顔を見交わしていると、給仕のお姉さんが運んできたジョッキを渡してくれる。
「ありがとう」
「ありがとうなのです。あれ、冷たい? なのです?」
木のジョッキを両手で持ったナノが驚く。
それを見たアップルも触ってみると、ジョッキは冷えており少し濡れていた。
「氷魔法使いが立ち寄ったから氷を補給できたんだって」
「はぁ~」
「へぇ~。なのです」
冷たいことへの感心が勝り、理由について述べるうさみ神官様の言葉に生返事。
そして二人は恐る恐る口を付けた。
「こ、これは」
「すごい、甘い。なのです」
さっきからナノの「なのです」が滑らかに出ていない。それだけ驚いて余裕がないのだろう、とアップルは思った。
ジョッキの中身は果実のしぼり汁である。
だが冷たくて非常に甘い。
なにか甘さを増すようなものが入っているのだろうか。
「冷たいだけで全然変わるよね」
自らもジョッキを傾けながら美味しそうに笑顔を浮かべるうさみ神官様。
そもそも果物はそのまま食べてしまうので果実のしぼり汁なんて、あまり飲むことがない。
なので全然変わるというのには共感しがたいのだが、美味しいという点においては異論はなかった。
アップルもナノもあっという間に飲み干してしまうのだった。