冒険者初心者とうさみ 7
「昔々。神様への捧げものであるおカネを、人と人の間の取引に利用するのはおかしいのではと考えた人がいました。
その人は神様に尋ねに行きました。
神様は答えました。
『いいぞ、もっとやれ』と。
その人は思わず『マジで?』と聞き返しました。
そして自分が神様の言葉を疑って聞き返したことに気づき、しまったと思いました。
しかし神様はにっこり笑って頷きました。
めでたしめでたし」
「『その人』と神様の問答は今でもいろんな解釈があるんだ。つまり『もっとやれ』は何を指しているかということでね」
アップルとナノは金髪の子どもと同じ卓について、いつもの晩御飯を食べていた。
金髪の子どもは金銭神の神官うさみと名乗った。
神様はたくさんいて、多くの人はいろんな神様に祈る。子どもができれば安産の神に祈るし、戦いに出向くなら戦の神に祈る。
そんな中で、特定の神様に奉仕して神聖魔法を授かった者を指して神官と呼ぶ。
それはなかなかに特別なことであり、うさみのような子どもが神官であるというのはにわかに信じられることではない。
「おカネを取引に利用することを指してるというのが定説で、他の逸話でも、『たくさん稼いでたくさん使いなさい』って言っているから大筋間違ってないだろうということなんだけど。
ただ他の説もあって、人がおカネの新しい使い方を見つけ出したことを指しているのではというものなんだけどね。
というのも、神様はもともと人に新しいものを見つけさせて名前を付けるという役割を期待しているというのがあって」
しかし、自分よりも小さい子どもがこうやって難しいことを話しているということがなかなかに衝撃的である。
なぜかってアップルの下の妹と同じくらいの体格である。
それがこうして冒険者ギルドに座って、難しい話をして、銀貨を受け取っていた。
アップルはまだ銀貨を稼いでいない。
神官になれば自分も銀貨を稼げるのだろうか。
いつものおいしくない料理ではなく、うさみの前に並んでいるようなおいしそうな食事を毎日食べられるようになるのだろうか。
「まあそういうわけでね、神官っぽい話をしてみたわけだけど、信じてもらえたかな」
神官っぽいってなんだ。
っぽい話をしたから信じるのでは街に生息するという詐欺師に騙されて有り金を巻き上げられてしまうだろう。
……もしやうさみも詐欺師なのでは?
「あ、これよかったら食べていいよ」
「信じた!」
「アップル!? なのです!?」
うさみ、いやうさみ神官様におたかそうな料理を勧められて、アップルは信じた。
ナノがマジかよと目を見開いてアップルを見るが、詐欺師なら高い料理をおごってくれるはずがないだろう。損じゃん。
「ナノが食べないならあたしが全部食べるわ」
「食べるよなのです!」
肉を焼いてソースをたっぷりつけて野菜を巻いた料理の皿を、うさみ神官様はアップルとナノの方へと寄せる。
二人はさっそくいただいた。
なんだこれは。
味が濃い。
甘くて辛くて……これがおいしいということか!
初めて食べるお高い料理にアップルの舌は適応しきれなかった。
隣のナノも涙を流して……え、泣くほど!?
それから二人して夢中になって食べた。
所詮は一皿なのであっという間になくなった。
そうなるとうさみ神官様の他の皿が気になってくる。
「こっちも食べていいよ」
食べた。
いつもの量だけは満足できる料理とは世界が違った。
アップルは違う世界を味わってしまったのだ。
一度味わってしまった以上もう戻れない……また食べたい。もっと食べたい。
アップルはたくさん食べた。
全部食べた後、自分のおいしくない料理も食べた。
おいしくなかった。涙が出た。
「でさ、前からなんでこんな子どもが冒険者ギルドにいるの、って感じで見てたよね」
アップルとナノがふくれたお腹をさすっていると、うさみ神官様が切り出した。
「い、いえいえいえいえそんなことは」
「正直に言わないと食事代請求するよ」
「思ってました!」
「なのです!」
二人は脅迫に屈した。
「わたしは冒険者ギルドから依頼を受けて、神聖魔法、癒しの魔法を使える神官ってことで常駐してるのね」
「信じます!」
「なのです!」
アップルは、ナノってばなのですで済ませる気だずるいと思った。
「子どもに見えるかもしれないけど、ほら、わたしエルフだから。あなたの十倍以上生きているので」
異種族は見た目だけじゃ判断できないからね、と先がとがった耳を見せてくるうさみ神官様。
エルフだったのか。
アップルはこの時初めて知った。
なんか場違いすぎて見ちゃいけないものかと思ってじっくり見ていなかったので気付かなかった。
今日は料理に集中していたし。
エルフといえば長命な種族である。
人族の感覚では見た目で年齢を計れない。そういわれている。
だから子どもが神官様でも珍しいねで済むのである。多分。
そもそもエルフが珍しいので。
「エルフ! すごい、初めて見た。よく見たらすごい可愛いし! 神官様すごいなあ」
「アップル語彙が……」
すごいすごいとはしゃぐアップルにナノはちょっと引いていた。
しかし、すごいすごいされたうさみ神官様はまんざらでもなさそうである。
「せっかくだから聞きたいことがあったら答えるよ」
と言ったので、
「はい! 神官って儲かるの? 毎日おいしそうな料理が並んでるけど!」
「アップルゥ!? なのです!?」
アップルがいきなりぶっこんだ。
「他の神様の神官は知らないけど、金銭神様の神官は毎日魔法でお金を出せるんだよ。だからあんまりお金には困らないかな」
「えええええ!?」
「な、なのです!?」
すると、うさみ神官様が驚くべきことをおっしゃった。
毎日お金をもらえるとか……神か! 神様だった!
「あたしも金銭神様の神官になりたい! どうしたらなれるの!?」
「なのです!」
アップルの中に金銭神様を信仰する心が芽生えた。
ナノもです。
「金銭神様の神殿に行ってお金を納めたらなれるよ。金貨一枚から。でも、毎日もらえる金額は奉納額の累計で決まるから、それだけで生活しようと思ったら一万枚以上はかかるかなあ」
アップルの中の金銭神様を信仰する心がしぼんだ。
ナノもです。
だって金貨とか……。話によると銀貨二十枚くらいと交換できるという。
それを一万枚?
今の一日の収入は銅貨数枚だ。宿代と食事代と講習代をギルドが持ってくれているので実質はもうちょっと上なのだろうが。
「あと、他の神様と違って、神聖魔法を使うときにお金を捧げないといけないんだ。最低銀貨以上。銅貨は神様が作った貨幣じゃないから」
「ええっ、大変じゃない」
神官になるのにお金がかかって、魔法を使うにもお金がかかる。
金銭神様って、がめつすぎないか。
「なんでそんな神様にお仕えしてるの?」
「アップルゥァ!? なのです!?」
神官様の前でそんな神様扱いしたアップルをナノが何言ってんのこいつ頭大丈夫かと言わんばかりに凝視した。
アップルも、思わず口から出た言葉に、あっやばい、と気が付いた。
そして二人はうさみ神官様の様子をうかがった。
「あはは。それはねえ、お金だけで神聖魔法を授けてもらえるからだよ」
うさみ神官様は笑っていた。
二人は胸をなでおろした。