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うさみすぴんなうとAW  作者: ほすてふ
冒険者編
143/494

冒険者初心者とうさみ 5

 冒険者ギルドに指定された雑用仕事をまじめにこなす限り、宿と朝晩の食事には困らない。

 宿は最低限の雑魚寝部屋で盗難などの補償はなく貯蓄は難しい。だが、冒険者ギルドの同僚で顔見知りだし新入りの様子は自然と全員で監視し合う。

 盗難が全く起きないわけではないが、バレたら(私刑の上で)冒険者ギルドに出入り禁止処分を受けることになるし、雑魚寝部屋にいるような物はそもそも大した財産を持っていないので頻度は少ない。


 食事に関しては十分な量を食べることができる。ただし味はおいしくない。

 もっとおいしいものを作ることができるのは、近くの、見習いではない冒険者の卓を見ればよくわかる。

 しかし、おいしくない。

 無料で提供する料理なので労力をかけないのだ。材料費も抑えている。

 それでも量だけはしっかりあるので、見習い冒険者は隣の卓のおいしそうな匂いをおかずに見習い定食と名付けられたおいしくない料理を食べる。


 寝床と食事が一応とはいえ提供される。

 するともうこれでいいかなと思う者も出てくる。


 万年見習いである。


 愚痴を言いながらも現状で満足する者たち。

 彼らは立場は弱いが、雑用仕事の主力であるので迫害されるほどではない。

 長く続けているので要領もわきまえているし、自発的に雑魚寝部屋の治安を守ったりもしている。

 なので冒険者ギルドも彼らを切ることはない。

 ギルドは使い潰しても痛くない労働力として、万年見習いは生温い環境を提供してくれる組織として、お互いに利用しあっているのである。



 さて、アップルはそんな万年見習いにはならなかった。


 一応、実家に仕送りをしたいという目標がある。

 口減らしを兼ねてとはいえ、出稼ぎに街へ出てきたのだ。お姉ちゃんとして弟妹に、娘として親に、いい顔をしたい。


 冒険者という職を選んだ理由でもある、多少なりとも自信がある相棒(トゲこん棒)を振り回す仕事が雑用仕事のうちにない。

 戦闘が見込まれる仕事はそれだけ報酬も大きいという。

 相棒が役に立つ仕事をできるようになればそれだけ稼げるだろう。


 初めの動機はその程度だったが、最近ではもう一つ増えた。


 それは、読み書きを習うのが楽しいということである。


 雑用仕事の多くはお昼までを一区切りとしており、見習い冒険者はお昼以降は自由に行動できる。

 朝同様に雑用仕事をうけることで、宿代・食事代込みではない(、、、、)報酬をもらったり、暇をつぶしたり、用事を済ませたり。

 あるいはギルドが開催する講義を受講することもできる。


 講義は冒険者として活動するにあたって必須のことから、できると得するというものまでさまざまで、その中に読み書きを教えるものもある。


 依頼票の読み方を教えるという名目で、余った時間で読み書きを教えてくれるという講習が三日に一回程度開かれている。

 初日の晩に会話した子をときっかけに今では友人となったナノのお勧めでこれを受講した。


 依頼の種類、報酬、期日などがどこに書かれているかの説明を受け、見本を山ほど見せられる。

 文字が読めないものも、文字を絵として認識してどれが何を表すか、パターンを教えられる。

 よくあるパターンをすべて覚えてしまえば、文字が読めなくとも依頼票の内容がわかるというわけだ。

 わからない依頼票があったら避けてしまえば問題ない。


 ただ、その避けた依頼がおいしい依頼だったとしたら、もったいないよね、と講師が妙に実感のこもった言葉で締めて講義は終わる。


 そしてそこからは夕食の時間まで希望者に読み書きを教えてくれるのだ。

 アップルは依頼票のパターンを覚えようと思っていたが、ナノにつきあって読み書きの時間まで残ったことで開眼した。


 自分の名前を示す文字の並びを教わったのである。


 「アップル」と書かれた紙を見ると心がざわめいた。

 その時からアップルは文字の虜になった。

 「アップル」という文字を何度も指でなぞった。

 「ア」「ッ」「プ」「ル」と口にしながらだ。

 初めての講義の日はひたすらそれだけで終わった。



 そして、冒険者見習いとして雑用仕事をこなしながら、講義を受ける日々を続けた。

 文字が思っていた以上にあちこちに使われていることを知った。

 通りの看板にも書いてあった。

 わかりにくく絵のように改造してあるものが多いが、文字を知ってから見ると、文字だということがわかる。

 文字を知らないと世の中損するのでは、とアップルは思い、ますます文字を気にするようになった。


 そしてある日、気が付いた。



「あれは文字」


 あれとは、例の金髪の子どもの卓上にある物体である。

 人の頭くらいの大きさの木の箱で、上面に小さな切れ目が入っている。ちょうど銅貨が入るくらいの大きさか。

 金髪の子どもの荷物だろうと気にしていなかったのだが。


 よく見ると側面に文字が書いてあったのだ。

 その中の一つはその日習った文字だった。


 気づいてしまうと気になってしまうものである。

 アップルは遠目にじっくりと観察した。


「うーん、『とお』『ち』」


 文字はたくさん書いてあったが、読めたのはそれだけ。

 全くわからなかったころから考えると進歩している。

 けれど、アップルは全部読めないことに悔しさを覚えた。


 文字が読めると楽しい。だから講習で教わる。

 文字が読めないと悔しい。だから講習で教わる。

 講習以外で教わると、お金を取られるので。講習万歳。


 しかし、今日講習があったので次は三日後である。

 つまり、あそこに並んでいる文字を教わるのは三日後になる。

 何で講習毎日じゃないのだろうか。


「『金銭神』『神聖魔法』『実費とお気持ち』『寄附歓迎』って書いてあるんだよ」


 アップルが眉間にしわを寄せていると、声がかけられた。

 しかも書いてあることを教えられたのである。


 冒険者ギルドでは代読を収入としている見習いがいる。正規冒険者にも文字を読めないものがいるからだ。

 つまり教えられたということはお金を払わなければならないのである。


「お、お金ならないよ? 頼んでないし!?」


 アップルは慌ててことわりを入れた。

 教えられたとはいえ押し売りである。勝手に教えたのだからセーフ。そういう解釈も通ることは通る。


「無理はしなくてもいいよ。ケガや病気してないなら」


 声をかけてきたのは、金髪の子ども本人だった。

 箱をポコんポコんと叩きながら笑っている。


「ああと、そうならいいわ。それじゃあ」


 セーフでも支払うべきところを支払わなかったという罪悪感をアップルは覚える。

 そのため、気まずい気分になって逃げるように二階の雑魚寝部屋に撤退した。

 もっとも、すぐに夕飯の時間になって降りてくることになるのだが。

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