冒険者初心者とうさみ 3
アップルがマっちゃんの手で冒険者見習いになり一晩が過ぎた。
見習い。
まっとうな職業であれば子どものころから見習いとして訓練を始める。
村でもそのころから畑仕事の手伝いを始める。
しかし冒険者ギルドはそうとも限らない。
なぜならまっとうな職業から弾かれた者たちが集まる場所でもあるからだ。
そうなると見習いの年齢層は若手に限らなくなる。
ある程度年を取った見習いも存在しうるのだ。
アップルも街の子どもが職人や商人などの見習いとして働き始める年齢を大きく過ぎている。
と言っても十代半ばだ。
同じく見習いだという初老の男性よりは若い。初老より若いからどうだということはないが。
見習いになると冒険者ギルドの雑魚寝部屋を利用できるようになる。
さらにギルド指定の仕事を受ければ食事も出るという。
財産といえば丈夫なだけが取り柄の服と村から持ってきた武器、それからわずかだが持たせてもらった銅貨が数枚しかないというアップルはよろこんで利用した。
そして朝、アップルを含むギルド指定の仕事を受けた者たちはギルド併設の酒場でマズいが量はある食事を終えると玄関ホールに集められた。
「さっきまですごく騒がしかったのに、ずいぶん静かになったわね」
アップルたちが食事をしている間、ホールは嵐のようだった。
大勢の冒険者でごった返し、怒声が飛び交い暴力沙汰が起きて腕章を付けた人に鎮圧されて当事者は今も部屋の隅で壁を向いて座らされ、知り合いらしき人に苦情やからかいの言葉をかけられている。
村では祭りでもこれほどの喧騒は経験したことがなかったアップルは若干、いやかなり引いており、静かになったことでほっとしていた。
「正規冒険者のひと向けの仕事は早い者勝ちの取り合いなのです。朝張り出されてめぼしいものがなくなるまでは毎日なのですよ」
雑魚寝部屋で話をして少しばかり仲良くなったナノという同い年の少女がアップルに答える。
ドイ・ナカノ街の生まれだそうで、アップルより見習い歴も長いらしい。
もっとも、実質初日のアップルより短いものはほとんどいないわけだが。
ほかに集まった見習いは両手に余るほど。
これから何が始まるのかとアップルがナノに尋ねようとしたところで。
「よーし、見習いども、注目!」
腕章を付けたおじさんが声を張り上げて大きく手を振り始めた。
「今からお前たちを三組に分ける! 組みたい相手がいるなら固まっていろ! 三数えたら振り分けを始めるぞ! さん、にー、いち!」
腕章おじさんのほかに五人の腕章もちが手際よく見習いたちを分けていく。
アップルは近くにいたナノ、初老の男性、ニヤついている青年と四人の組になった。
そして腕章もちが一人ずつ各組につく。
「よーし、あたいがこの組の担当だ。今日は見ねぇ顔が多いな」
「は。ワシは……」
「いや自己紹介はいい。あだ名をつけるぞ」
担当といってやってきた、革の鎧を身に着けた女性が、名乗ろうとしたらしい初老の男性を止める。
「慣例でな。臨時で組む時はあだ名で呼び合う。本名知りたきゃ終わった後なり移動中なりに訊け」
「どういう意図のものかね」
「命かかってるときにあいつ名前何だっけ、ってなったら困るだろ。だからとっさに呼べるようわかりやすいのをつけるんだ。とりあえず今日はあたいのことはボスとよべ」
「なるほど。了解だ、ボス」
初老の男性は今ので納得したらしい。
アップルがナノの方をみると、ナノは頷いた。
「よし、それじゃあだな……髭爺、ニヤケ顔、ツインテ、ちっぱいだ」
「なんだと!?」
初老の男性、ニヤついている青年、ナノ、アップルの順に指さしてあだ名をつけるボス。
それに対してニヤケ顔がキレた。
「ちっぱいよりボスの方が小さいじゃないか! ツインテもそう変わらない! あの娘をちっぱいと呼ぶのはわかりにくい! 別の名前を要求する!」
「あ゛?」
「別の名前を要求します!!」
自分のあだ名が気に入らなかったのかと思いきやアップルのあだ名について怒っているらしい。
ボスにすごまれて丁寧語で言いなおしはしたが引き下がらないほどである。
当事者のアップルはちっぱいってなんのことだと首を傾げていた。
「ああめんどくせえ。じゃあちっぱいはやめてこん棒だ。いいな」
「はい!」
一仕事したと満足そうなニヤケ顔。
逆にボスは早々に疲れた顔をしていた。
なぜこん棒かというと、アップルが立派な棍棒を腰から下げていたからだ。
樫の木を削り出して作った自慢の品である。殴打部にはトゲトゲがあり、ところどころ赤黒いシミがついていた。持ち手部分には布を巻いて滑り止めにしている。
こいつを力いっぱい振り抜けばゴブリンや狼くらいなら一撃だ。実績もある。
アップルはこの相棒との実績を踏まえて冒険者の道を選んだのだ。
そしてほかにはこん棒を持っているものは組の中にいなかったので、あだ名は認められた。
剣とか剣士だと、髭爺とニヤケ顔の二人が剣を下げているのでかぶるのだ。
ただ、ナノが長杖を持っているのが若干の不安要素であるが、まあこれを見てこん棒と呼ぶものは少ないだろうから大丈夫だと思われる。
ボスは斧を背負っているので被る心配はないが引率なのでボスだ。
「ああ、余計な時間を喰っちまったじゃねえか。
いいか、お前らの今日の仕事は街壁まわりの草むしり、時間は昼までだ。
草をむしった距離によって報酬が増える。あんまり少ないと朝飯だけになって銅貨の一枚ももらえねぇから気合い入れたほうがいい。
あたいはお前らの引率と護衛をしながら街壁の点検をする。
ついでにお前らの仕事に対する態度を見る。やる気を見せれば実績になる。さぼるやつは減点だ。指示に従わない奴も減点だ。
実績がたまれば正規冒険者になるのに必要な試験を受けられる。
減点がたまればこういう見習い仕事も受けられなくなる。そういう決まりだ。
飯が食いたきゃ減点は避けろ。引率の冒険者に従ってりゃまず減点されることねえから。
でだ、一応は街壁の外の活動だ、もしかしたら魔物が出るかもしれねえ、何か出たらあたいを呼べ。髭爺は素人じゃなさそうだが、それでも呼べ。
勝手なことをする奴は正規冒険者になれないと思え。正規冒険者になりたいなら見習いの間は猫被ってろ。
質問があれば手を上げて言え。その都度答える。今何かあるか? ないなら出発だ」
長い説明を終えてボスが四人の見習いをじろりと見まわす。
アップルは疑問があったので手を上げた。
「こん棒か、なんだ?」
「あそこの金髪の子は組み分けしないの?」
「あぁん?」
アップルが指さしたのは、ホールと酒場の境にある卓についた金髪の子どもであった。
昨日アップルとにらめっこした子だ。
子どもは指さされたのに気づいてアップルを見た。
「ああ、ありゃ見習いじゃねえから」
ボスは何故か渋い顔をしてそう言うと、子どもはどうかしたかとでもいう風に首をかしげている。
「よーしそれじゃいくぞ」
ボスはますます渋い顔になってため息一つついてから見習いたちを連れて仕事に出かけた。
アップルがギルドを出る前にもう一度振り返ると、それに気づいた子どもが手を振ってきたので振り返した。