冒険者初心者とうさみ 2
ドイ・ナカノ街は小規模の街で、伯爵領の名を冠する領の中心都市だ。
王都から伸びる流通路上にあった宿場町を発展させたのは過去の伯爵で、街道を維持することで利益を出し続けている。
このドイ・ナカノ街には冒険者ギルドが一つあり、街道の治安に貢献していた。
アップルがやってきたのはそんな冒険者ギルドの本拠である。
両開きの大扉が開け放たれた状態で固定されたその建物には人気があまり多くない。
お日様が中天高くにある時間帯、労働意欲に満ちた者はすでに発ち、ものぐさなものはそもそも寄り付かない。
そんな時間に冒険者ギルドにやってくるのは昼間から併設の酒場で安酒を飲んでいる連中か、仕事の依頼をする側か、ギルドの職員などの関係者。
あるいはアップルのような新人だ。
だが、そう言った事情を知らないアップルは、思ったより静かだなと思いながら、建物の中を覗き込んだ。
まず目に入ったのは金色だった。
先にも述べたが冒険者ギルドはその敷地の一部に酒場を併設している。
これは、冒険者ギルドの発祥が荒くれの集まる酒場であったことからの慣例だ。
その酒場の区画とそうでない区画の境目にある卓についていたのが、金色の髪の。
(子ども?)
金色はふたつ。
長い金髪と、首から下げている小さな円いもの。
金貨だろうか。
アップルは金貨というものを見たことがない。
村ではあまり貨幣は使われないし、使うとしてもほぼ銅貨である。
村長や街への買い出しを担当の責任者ならば見たことがあるかもしれないが、まだ若いアップルはそう言う立場に立ったことはなかった。
そんな金貨を首から下げているのはアップルの妹より小さいかという子どもである。
金色の髪は赤いリボンで彩られ、白い肌に白いワンピース。
椅子に座って、床に届かない足をぶらぶらさせている。
冒険者ギルドでなくとも、酒場には似つかわしくないお子様。
首から金貨を下げていることを合わせると場違い感はさらに倍。
(なんでこんなところに子どもがいるんだろうか?)
なんとなく金髪の子どもを眺めていると、向こうもこちらに気づいたか視線を向けてくる。
目が合った。
アップルは首を傾げた。
金髪の子どもも首を傾げた。
アップルは首を元に戻した。
金髪の子どもも首を元に戻した。
期せずしてにらめっこ状態になってしまった。
目をそらしたほうの負け。
冒険者とはそういう世界だと、アップルは聞いていた。
事故のようなものだが、早々に負けてはこの道でやっていくことはできないだろう。
アップルはそう信じて気合いを入れ――。
「マっちゃん、お客さんみたいだよ」
――た瞬間に金髪の子どもが後ろを向いて、建物の奥に声をかけた。
肩透かしであった。
しかし目をそらさなかったのはアップルであり、つまり勝ちである。
初陣に勝利したのだ。
誇らしい気持ちが胸に広がり。
しかしよく考えたら相手は子どもであった。
アップルは短時間に気分が乱高下して疲れを感じた。
しかし、まだ何も始まっていないことを思い出し、気合いを入れなおそうと自らの両頬を手でぴしゃりと叩いた。
「きゃっ!?」
思ったよりいい音が響き、近くから女性の悲鳴が聞こえた。
アップルが慌ててそちらに向き直ると、そこにはブラウスにスカートといういでたちで、腕章を付けた女性が立っていた。
目を丸くしているのは、アップルが急に自分の頬を張ったのに驚いたからだろう。
大きく膨らんだブラウスの胸には小さな四角い板が留めてあり、何か文字らしきものが書かれていたが、アップルは文字を読むことができないので何を書いているのかわからなかった。
腕章にも何か書いてあるような気がするが、模様かもしれない。
全体的に田舎娘のアップルと比べて、シュッとして華やかな雰囲気がある。化粧をしているからだろうか。
それとも、これが都会に住む人があか抜けているというやつなのか。
両方か。
一通り観察して改めて顔を見ると、その女性はにっこりと微笑んだ。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。どういったご用件でしょうか?」
これがアップルと長い付き合いとなる冒険者ギルドの受付、マっちゃんとの出会いであった。