目からビーム初心者とうさみ 10
エルフ少女の言っていた通りに、重い体と荷物を引きずるように歩いていくと、無事に道に出ることができた。
ここまではよい。
左手に行くと街が近いと教わったので、そのようにした。
切り株地帯と比べると、道はずいぶん歩きやすい。
お腹の方もこなれてきたし、荷物は重いが頑張ろう。
そうして歩き続けて、切株地帯を抜け、周囲は林になった。
ここまでもよい。
単純な話だ。
歩いた結果時間が過ぎて、夜が来た。
「疲れました。眠い。でも……」
夜が来た以上、移動は休止しなければならない。
暗いから。
私は夜でも目が見える種族――例えばエルフとか――ではない。
夜中の活動は、至難を極めるのだ。
だが。
「どうにか、動けないでしょうか」
襲われたことで改めて気づいたが、私は暴力に対して対抗する手段を持たない。
身体能力は、この程度の荷物を持って歩くことができる程度でしかない。
技術もない。実は武術の達人で体が覚えていた、なんてことはない。そうだったら襲われたときに対応できている。きっと。
賢者の薬草様の時に湧き出てきた知識も戦いや争いについてではまるで反応しない。
道具もない。
ナイフなら鞄の中に入っているが。
手元に持っていると何かの拍子に怪我しそうだったので布でくるんでしまってある。
これは二つの問題をはらんでいる。
一つは、また何かに襲われても対抗できないこと。
もう一つは、狩りなどして食料を調達できないこと、だ。
前者はもうどうもこうもない。運だ。
襲われたなら大声を出して逃げる。それだけ。
問題は後者。
これはつまり、手持ちの食糧を増やすことも、節約することも、難しいということである。
道沿いに食べられる草が生えていればを摘むくらいはできるが、生で行くのはちょっとしんどい。
鍋は金属の塊であり重そうだったうえに、鞄に入らなかったので持ってこなかった。
私ってなんて馬鹿……。これくらい予想してしかるべきだろう。
いやでも草を茹でるにも水が必要。
現在、水も危機的状態であることを考えると、鍋を利用する前提なら相応量の水を持ってきていたということになる。
そして現状荷物はいっぱいいっぱいだ。ここに鍋と水の重量を加算できるか?
……持ってこないで正解だった、のかも?
まあ、うん。難しい問題だ。
話を戻そう。
実は、夕暮れ時、薄暗くなってからも歩を進めたのだ。
すべては少しでも早く人里に出るため。
だが、その結果野宿の準備をする前に真っ暗になってしまった。
食料を減らした(胃の中に)以上、早急に補給できる場所までたどり着きたいと、気が焦った結果である。
「身動きが取れない……」
明るいうちに休む準備をしておくべきだったのだ。
あるいは歩ける程度の携帯できる明かりを用意しておくか。
私は自分のうかつさを呪った。
重ね重ね、私って馬鹿ね。
暗闇の中、わたわたと手を動かして周囲の様子を確認する。
いかにも不安である。
「……! そうだ!」
ここで私は今ここにいるきっかけになった事件と自分の名前を思い出す。
闇を切り裂くきらめく瞳。
私が初めて目覚めたときにいた男によって、眩しいほど光るこの私の目。
これを何とかうまく使えば夜道も歩けるようにならないだろうか。
光るのは間違いないのだ。
光れば明るくなる。
明るければ動ける。
闇を切り裂く、という名にふさわしい活躍を。
そう、いまこそ、挑戦すべき時!
「目からビー――うぉまぶしっ!」
叫んだ。
眩しかった。
その後も何度か試してみたが、私が眩しくなく、適度にあたりを照らす、そんな明かりを生み出すことはできなかった。
役に立たない……。
私はあきらめて光を消し、手探りで時間をかけて近くの木の裏に回り込んで休んだ。
□■ □■ □■
街道沿いには、野営地が設けてある。
道のわきに木を切られ、下草を刈り取られ、焚き火の跡があるた広場があるのだ。
正確を期するなら設けてある、というのは語弊があるかもしれない。
馬車、馬、徒歩。
移動手段は様々あれど、それぞれ、一日に進める距離というのはおおむね決まっているもので。
街道を行き来する者は似たような場所で休息をとることになるのだ。
前のものが休息をとった場所で次のものが休息をとる。
そんなことが繰り返され、自然と野営地として扱われるようになるのである。
その野営地の一つは今、緊迫した状況にあった。
「くっ! 旦那、嬢ちゃん、下がりな! 皆、馬車を盾に!」
「ヒャッハァ、荷物を置いてきな!」
「へっへっへ、女もだァ!」
「げひゃひゃ、おとなしくしたほうがいいぜぇ!弓で狙っているからなァ!」
一台の馬車があった。
大量の荷物が積まれた馬車である。
焚き火の光を反射して輝く抜身の剣を手にし、革の鎧を身に着けた男性、棘の生えた球体が先端についた棒を持ったローブを着た男性、同じくローブを着ている女性。
それからそれら三名に守られるように、一人の少女と、少女を抱き寄せた中年男性。
商人とその娘、そして護衛が三名といったところだろう。
その五名を、十名を超える数の男たちが、これまた武器を手に取り囲んでいた。
「チッ、盗賊が!」
林の中に弓使いが潜んでいると言っている以上、今見えているよりも多くの賊がいるということになる。
「黙って荷物を差し出せば命だけは助けてやるぜぇ!?」
「貞操は別だがなァ!」
「ああ、剣士の兄ちゃんいいケツしてそうだぜェ」
「なッ!?」
「ブフッ!?」
勝手なことをしゃべり続ける盗賊たち。
護衛のリーダーの剣士は怒りに震える。
この盗賊は生かしておけぬと。
護衛の神官は、わかる、と頷く。
護衛の魔法使いは、こっそり魔法を詠唱しようとしていたところを吹き出して中断させられた。
商人と娘はおびえるばかり。
護衛の三人はそれなりに腕に自信はあった。
だが、数の差、そして武器の差はいかんともしがたい。
護衛対象が飛び道具で狙われている状況では下手に動けなかった。
下卑た笑みを浮かべる盗賊たち。
どうやってこの状況を打開すべきか。
と、そんなとき。
あたりが突然白い光に包まれた。
「なっ――」
「ぐっ!?」
「きゃあっ!?」
「伏せろッ!」
様々に悲鳴が上がる。
あまりの眩しさにその場にいた者たちは一時的に視力を失った。
その中で、護衛のリーダーである剣士が、自らの予感にしたがって叫んだ指示に対した反応が命運を分けた。
さらに光は一度おさまった後も断続的に発生、何度もあたりを照らした。
どれほどの時間が経ったか。僅かかもしれないし、長い時間だったのかもしれない。
当事者の彼らは混乱と恐怖によりわからなくなっていた。
わかっているのは異常事態であったこと。
そして。
押し倒された商人と娘、押し倒した神官、そしてそれぞれ伏せた剣士と魔法使いを除いて誰もいなくなっていた。
一体何が。
視力が回復した彼らが見たもの。
荷台から上が消滅した馬車。
さらに、確認できた焚き火の明かりの届く範囲だが、木々が消滅、いや正確には切り株になっていた。
近くの木につないでいた馬もいなくなっている。
「な、何だこりゃあ」
自分たちを囲んでいた盗賊たちは消えうせた。
しかし、彼らは――もっと恐ろしい何かの存在を予感させられたのだった。
ごくり。
誰かがつばを飲み込む音が、大きく響いた気がした。