目からビーム初心者とうさみ 9
「そういえば名前も聞いていませんでした」
姿を消したエルフの少女と別れた私は、もらったおもちゃの針が示す方へと足を進めていた。
突然現れて突然消え、幽霊か精霊かと疑いたくなるところだが、手の中のおもちゃが実在していたということを証明している。
切り株地帯は見通しがよい。いや、よすぎる。逆に言えば目印が少ないのだ。
エルフ少女がくれたおもちゃはとても役に立っていた。
できれば早く切り株地帯を抜けてしまいたい。
切り株地帯を作り出した何かが近くにいるかもしれないと意識してしまうと、離れたいと思ってしまうのは仕方がないことだろう。
しかし、この後起きた出来事によって、そんな気持ちはあっさりと消え去ってしまうことになる。
「こ、これは……賢者の薬草!?」
説明しよう。
賢者の薬草とは、最上級の魔法薬の原料になる薬草で、いまだ栽培法が確立しておらず、大変価値が高いものである。
森の中にしか生えないうえ、採取、そして保存に一手間かけないと価値を失う厄介な代物で、扱いに知識が必要なことが希少性を増しているのだ。
今目の前にあるものを適切に持って帰ることができたとすれば、人ひとりが数年は暮らすことができるに違いない。
その賢者の薬草、いや賢者の薬草様が、群生している場所に行き当たった。
森の中で、突然木が途切れて日が差す広場のような場所があり、そこに特定の草花が群生している、なんてことがある。
そして、今、見つけた群生地もまた、円形の切り株の無い区画となっていた。
本来木々に隠れて滅多に見つかることの無い、貴重な薬草の群生地を、通りすがりにあっさりと見つけることができたのである。
「すごい……! でも」
よく見ると、賢者の薬草様は若干しおれているように見える。
土の様子を見ると、森の中と違って明るい色味で、触ってみると湿り気がなくさらりと落ちる。
まわりにあった木の壁が消えたせいで日照時間が長すぎるのだろうか。
だとするとこの群生地は長くはもたないだろう。
ということは、採取するなら今しかない。
今を逃せば枯れはててしまうのは明白だ。
……なんだろう、薬草について考えた途端にドッと知識が湧いて出た。
もしかすると記憶を失う前は薬草に関わる生活をしていたのだろうか。
なんにせよ、街で食い扶持を稼ぐ手段が手に入ったかもしれない。
それ以前にこれだけの賢者の薬草があれば当分働かなくとも生きていけそうな気がするえれども。
……いや、待てよ?
皮算用をしている途中でふと気づく。
これを採取したとして。
どうやって運ぶ。
どれだけ運ぶ。
食料をどれだけ捨てる?
食料だけではない。水もである。
私は今遭難しかけているということを思い出した。
「しまった……」
なんでエルフの少女に、街までかかる時間を尋ねなかったのか……!
一日二日なら水も食料も相当減らせる。
だがそれ以上かかるようだと食料を削るのは自殺行為だ。
また、賢者の薬草様を適切に運ぼうとするなら水が必要になる。
なので私自身の給水とは別に、賢者の薬草様にも水を配分しなければならない。
今、鞄に入っているものは衣服とおカネと食料とその他。
鞄の容量はすでにいっぱいだ。
食べれば減る。
この場でお腹いっぱい食べれば、満腹からの出発で多少時間と容量を稼げるかも。
名案だ。私ってば天才なのでは。
とはいえ、それでも目の前の賢者の薬草様の量からすれば微々たるものだ。
街まで、いや補給ができるなら村でもいい、人里までどれだけの日数を見込むか。
カネならあるのだ。人里にさえ出れば、食料を手に入れることは可能。
しかし、人に会えなければ……待っているのは餓死である。
「あぁん、もう!」
これは難問……!
私は干し肉をかじった。
しばらく後。
私は荷物をまとめ直して出発し、後悔の念にかられていた。
お腹がいっぱいで苦しい。
緑の鞄もぱんぱんだ。重い。
背中の赤い鞄も重い。おカネって金属なのだもの。さらに袋を最大限活用するため、外側につるして中を詰めに詰めた。重いのも当然である。
それ以上に賢者の薬草。
鮮度維持のために適度に湿った土が必要で、肌着を一枚使って袋の代わりにして根っこの周りの土ごとくるむように採取してある。
緑の鞄の下半分はこれで埋まっているのだ。後は一日に数時間費にあてなければならない。
背中の赤い鞄に入っている金貨と同じくらい価値がある。どうにかそれだけ確保したのだ。
そしてそれだけ重い。だって土だもの。
なぜ私は目の前にポンと湧いて出たものに執着して欲張ってしまったのだろうか。
お腹も、荷物も、足も重い……!
つらい。
もしや私って馬鹿なのでは。
なかなか街につかない