目からビーム初心者とうさみ 8
女の子は小柄で、私の胸よりも低い場所に頭があるので気が付くのが遅れたようだ。
金色の髪は膝くらいまであり、さらさらと風に揺れている。
縫製のよさそうなかわいらしい白を基調とした衣装を身に着け、小さな肩掛け鞄を下げている。
私と違って胸に引っかからないようでうらやましい。
そしてさりげない、しかし最大の特徴として、耳がツンととがっている。
初めて見るが、この子は人族ではないらしい。
エルフ。
とても美しく性格が悪いと私の知識にはあった。
性格が悪い。
私は思わず身構えた。
この目の前でニコニコと笑っている愛らしい子どもが性格が悪いのだろうか。
この顔で「おいババァ」とか言うのだろうか。
あまつさえ「パン買ってこいよ」と言っておカネを地面にばらまいて「拾え」とか言ったりなんかして。
「どうしたの、おねえさん?」
ババァとか言わなかったから大丈夫そうだ。
おねえさん。
いいね。
なにかこう、いいね。
「実はね、道に迷っていたのよ」
警戒を解いた私は、しゃがんで目線を合わせ、なにしてるのという問いに答えることにした。
とはいえ、道を見失って途方に暮れて手遊びついでに食料をかじっていたところなので、とくに言えることはない。
「こんなところで?」
「こんなところで」
こんな子どもに髭泥棒に襲われたなんてことを話すのもよくないだろうし、そうするとこれくらいしか言うべきことはなかった。
エルフ少女は両手を挙げて大仰に驚いた仕草をする。赤いリボンも大きく揺れる。
子どもらしくてよろしい。
ちっちゃな体を大きく使って感情表現する姿はなかなかに微笑ましかった。
キュンキュンする。
「干し肉食べる?」
「え!? あ、うん、ありがとう……?」
なんだか可愛くなってきたので鞄から干し肉を出して差し出すと、エルフ少女は首をかしげながら受け取った。
え、今のどういう流れ? と小さくつぶやいている。
おかしい。おやつをもらった子どもはわーいわーいと喜ぶものではないのだろうか。
干し芋の方がよかったのだろうか。
「えっと、おねえさんはどこに行きたいの?」
「街よ。ここから一番近い街に行きたいのだけれど」
尋ねてくるエルフ少女に答える私。
街ならどこでもいい。とにかく人のいる場所で、よそ者でも生きていける場所であればそれでいいのだ。
食料が続く間にたどり着ければなおいいのだが、まず道を見つけないことにはどうしようもないわけで。
「それなら……」
エルフ少女はキョロキョロと周りを見回した後、自分の小さな鞄から、小さな丸いものを取り出した。
それは人差し指と親指で作った円ほどの大きさで、木の土台が透明な何かでおおわれた薄い円筒という形状をしており、内部に色のついた針のようなものが浮いている。
「これの赤いほうに向いて歩いて行ったら道に出るから、左手に進むといいよ」
はいどーぞ、と渡される。
見ると、内部の針が真ん中を境に一方が赤く塗られている。このことを言っているのだろう。
「これは?」
「こんな風に水平にしたら決まった方角を指す道具。方角見失ったら困るでしょ、あげる」
確かに、この辺りは切り株だらけでまっすぐ歩くのが意外と大変なのだ。
しかし決まった方角を指すだなんて、すごい道具である。魔導具という奴だろうか。
だとすると、大変高価なものだと知識にあるのだけれど。
「こんなものをもらってもいいの?」
「どうぞどうぞ。おもちゃみたいなものだから」
エルフが当たり前に使っているものなのだろうか、いや、おもちゃか。
手に持って体の向きを変えると、針もそれに合わせて向きを変える。
面白い。
おもちゃだこれ。
私は確信した。
「ありがとう。何かお礼を……おカネと干し芋と干し肉どれがいい?」
「どういう三択なの……!? いや、いいよ、たいしたものじゃないし。それより気を付けてね。森をこんなにした何かがいるかも」
ゾクリ。
森をこんなにした何か。
そう言われて、私は背筋を冷たい手で撫でられたような感覚を得た。
たしかに、見渡す限りを切り株だらけにする何かがいる可能性はあるのだ。
それははじめ村にいて、それからここに来たのかもしれない。
髭泥棒に襲われたことと、逃げ疲れていたことで考えていなかったが、結構な異常事態を生み出す存在。
意識してしまうと怖くなってきた。
私は改めてあたりを見回す。
見える範囲には誰もいないように思う。それは人だけでなく、動物なども含めて。
「じゃ、わたし、もうちょっとこのへん調べてみるから。じゃあね」
「え、ちょっとま……いない?」
そしてちょっと目を離した隙にエルフ少女はいなくなっていた。
こんなに見通しがいいのに。
いくら背が小さいとはいえ、切株に隠れるほどちっちゃくはないはずなのだが。
私はしばらく唖然としていたが、気を取り直して移動することにした。
こんな怖いところに居られない。私は街に向かうぞ。