異世界転生初心者とうさみ 1
はじめまして、あるいはお久しぶりです。よろしくおねがいします。
少女が目を開けると石造りの、伝統的な西洋風の街並みが広がっていた。
「え、あれ?」
腰ほどまである金色の髪に森色の瞳。非常に小柄な体躯にきわめてささやかな胸。なめらかな白い肌に若干赤みがかったぷにぷにほっぺ。特徴といえば尖った耳。少女はエルフ――ファンタジーものの創作でよくいる森に住まう種族――であった。
エルフにしてもちょっとかなりちっちゃい。ドワーフよりは大きいけれど。
けれどそこは個人差の範疇だ。範疇だ。
初期装備の簡素な服と小さな背負い袋、腰のベルトにポーチとナイフを提げているというその姿で、街の広場の中心部、噴水のそばに立ち自分の身体をペタペタと触っていた。
「うさみ? それに、スターティア? なんで?」
少女は自身が“うさみ”であることを理解した。
“うさみ”とは、少女がゲームをプレイしていたときに使っていたキャラクターであり、スターティアとはそのゲームに存在する“始まりの街”である。
では少女が混乱しているのはなぜか。
それは少女が都合によりゲームを引退し、ゲーム内でできた友人たちに見送られてログアウトした直後であったからだ。
「ログアウト失敗したのかな? 【システムウィンドウ】」
ゲーム内でシステム操作を行うためのインターフェイスを呼び出すコマンドを発声するが、反応なし。
「……いや。まさかだよね?」
それ以上に違和感があった。
身体感覚が妙にはっきりしている。
実感がありすぎるのだ。
少女がプレイしていたゲームは高度な技術で構築されたVRMMOというジャンルのゲームであり、仮想現実の中で現実世界そっくりの体験ができるという驚きの新技術なものだった。だが、いま、この瞬間感じ取れる感覚はそれ以上に現実世界的であった。
そっくりなんてものじゃない。
風のにおいも。体の重さも。髪の毛を触る手指の感触も。
「……現実?」
自分の感覚を信じるなら、ここは現実の世界だ。
「ゲームからログアウトしたら現実がゲームそっくりの世界になってて自分はプレイしてたキャラになってた? ……いやいやいや。ありえないし!!!!」
少女は叫ぶと辺りを見回す。なんでもいい。現状を否定する要素を探すためである。なんでもいいから。
なんでもいいから!
なにもなかった。
「他のプレイヤーの人はいないしシステムコールコマンドもGMコールコマンドも無反応だし建物の質感もリアルだし噴水の水は冷たいし目があった街の人はあからさまに目をそらすしおなかすいた」
ここがゲームであるという可能性を下げる傍証ばかりが見つかった。
つまりここはゲームではない。
決定的だったのはお腹がすいたことだ。
元のゲームではお腹がすくシステムは存在せず、プレイヤーキャラクターは、なにも食べなくても平気だった。もっとも、食事によってステータスに一時的なボーナスが得られるのでみんな食べていたけれど。
もしここがゲームの中だったとするのなら、これは元のゲームではなく、お腹がすくシステムを搭載しており、それなのに街の中はあのゲームとだいたいおんなじという世界設定パクリゲームになってしまう。それはないよね。だから。
「わたしがエルフになって自分の操作キャラでここはゲームそっくりの別世界?」
という結論になる。
少女は信じられなかったが頬もつねったし走ってるときに転んだし痛かったしそれはそれとしてお腹がすいたのでそうだと思うしかなかった。
これ以上現状を否定する――たとえば何かの間違いでログアウトできないだけでここはゲームの中であるという説を押し通す――ならば、次は死んでみるくらいしか思いつかないがそれはその、怖い。
この現実そのものの体感を得ている現状で自殺まがいというか自殺そのものを試すというのは少女にはできなかった。
少女はごく普通の少女であったので。
「とりあえず、その何か食べて現状を確認しないと」
後ろ向きで消極的にではあるが、状況を受け入れることにした少女。だってお腹がすいたから。
お腹がすいて動けなくなってしまうと何もかも手遅れである。であればなんでもいい、動きはじめなければ。
このちっちゃな体はゲームの“うさみ”のものだ。ならばわたしはうさみとして状況を受け止めよう。
くー。と鳴く腹の虫をなだめ、動きだす。
まずはできることの確認をして。
できることをやって。
一つずつ進めていこう。
こうしてうさみは前に歩き出した。
そして千年の歳月がながれた。
うさみは死んだ。
前作【超初心者】のあとがきで、【異世界転移初心者】か【すぴんなうとVR】のどっちかでやると書きましたが結局【すぴんなうとAW】になりました。よろしくおねがいします。