ああっ、手が凍る
ここ数年、冬がつらくなってきた。
灯油の値上がりに伴う出費が痛いのではない。冬のボーナスが出ないことでもない。いや、両方とも痛いが、それは今回のお題とは関係ない。
私は三年ほど前、会社の健康診断で尿酸値が高いからやせなさいと言われた。
太っていれば高いというわけではないが、肥満は様々な健康被害を及ぼす。尿酸値の上昇もその一つだという。だからまずは体重を落として、それでも尿酸値が高ければ薬による治療も考えるということだ。
なんでも尿酸値を下げる薬というのは、一度飲み始めるとやめることが出来ないため、できる限り使いたくない。他の方法を試してみて、それでも駄目な時に、最後の手段として使うものというのだ。
私も痛風なんてなりたくない。今なら軽いダイエットで済むからと言われ、実行することにした。
一年後。私の体重は約16キロほど減り、いわゆる標準体重になった。減った数字だけ見るとすごいようだが、一年がかりである。一ヶ月にすれば2キロもないので威張るほどのことではない。時間をかけて減らしたせいか、リバウンドも今のところ起きていない。母からは「男は少し腹が出ていた方が貫禄がある」と5キロぐらい太れと言われるようになったが。
尿酸値もいくらか減り、これならばと医者からも言われ安心した。
実際、体が軽くなり、それは「あ、もうすぐ信号が変わる。急げ」という時のダッシュに実感した。体がポーンポーンと跳ねるように走れ、スーパーマリオになった気分だ。乱れた息もすぐに回復する。
だが、悪いこともあった。
ズボンを全部買い換える羽目になったため、痛い出費となった。
久しぶりに会う人達からは声を揃えて「お前、なんか大きな病気でもしたのか?」と心配された。
心配してくれるのはありがたいが、複雑な気分である。
そして何より、今まで経験したことのない恐怖を知ることとなった。
冷え性である。
冬になると手先が冷える。冷えるのではない、凍えるのだ。水に指先を入れたら、そのまま水が凍ってしまうのではないかと思えるぐらい。これを極めればきっとアベンジャーズかジャスティス・リーグからスカウトされるに違いない。世界最強の冷え性(冬限定)。うん、カッコ悪いし役に立たない。
これまで冷えなどとは無縁だっただけに、最初の頃は恐怖を感じた。本気で手を電子レンジに入れたくなった。冷え性という言葉がなかなか出て来ず、未知の病気かと思ったほどだ。
なんでも、血のめぐりが悪いと冷えるらしい。血液は栄養だけでなく、熱も運ぶからだ。確かに、体重を落とす前に比べると私の血圧は下がっている。時には最高血圧が100以下の時もある。
すると冷たい頭のキャラはみんな低血圧なのか。よし、クールなキャラは朝に弱い。
他にも脂肪が多いと冷えるというのがあった。脂肪は熱を通しにくいため、熱のめぐりが悪くなるというのだ。それならば男子より女子に冷え性が多いというのもわかる。何しろ女性は胸に脂肪の塊を2つもつけている。冷えないようお腹まわりにも脂肪が付きやすいと聞く。標準体脂肪率でも、男子より高めの設定だ。
だが待てよ。ならば女性の体で一番冷たい部分はオッパイなのか? しかし、私も何度か触ったことはあるが、特に冷たいとは思わなかった。そもそもオッパイが冷たくては赤ん坊が嫌がるだろう。
ちなみに、私はこれを根拠にいわゆる人肌というのは女性のオッパイの温度のことと解釈している。ちょっとエッチな漫画で「人肌ってこれくらい?」と女性が自分の手や主人公男子の手を自分の胸の谷間に突っ込むシーンがあるが、あれは実に理にかなった行動なのだ。だが待て、体温などは本当は直腸温度が一番正確とも聞く。だったら真の人肌はお尻の穴なのか。先のシーンでは、女性は相手の男性の手をとり、自分のお尻の穴に指を突っ込ませるべきなのか……いや、これは正しくても避けるべき描写だ。
さて、原因が何であれ、手先の凍えがたまらなく苦痛なのは事実であり、必要なのは原因の究明ではなく対処法である。私が最初にしたのは手袋を買うことだった。甲の部分に使い捨てカイロを入れるポケットのついたのを見つけ興味を持ったが、何か火傷しそうなのでやめて普通のを買った。
風呂に入る時も、以前は肩から上を出して両腕を浴槽の縁に乗せていたが、今は肩ごと湯の中に突っ込んでいる。
他にもコーヒーが生姜湯に変わったり、冷えに効くという入浴剤を買ったり、ネットで体を温める食べ物などを検索しては対処しているが限度がある。
冷え性の女性はずっとこんな苦痛に耐えていたのか。やはり実際自分の身に起こらないとわからないものだ。改めて世の冷え性の女性たちに謝りたい。ごめん。
健康のためにやったことが、あらたな問題を生み出す。健康のためなら命もいらぬと咄家たちがよく枕に使うが、健康になるというのは、何らかの代償を払うものらしい。




