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面白いものが見られて良かったよ

 リュカは冷たい石の床にくずおれているアレットの横に、膝を落とした。彼女の顔を隠している柔らかな亜麻色の髪をそっと払い、白く滑らかな頬におそるおそる触れる。指先に感じる体温にほっとして、肩の力が抜けた。

 あの、闇の国の王とも呼ばれる大悪魔から、とうとう彼女を守り切った。

「アレット……もう、大丈夫だよ」

 そうつぶやくと、こみ上げるものをこらえられなくなった。

 顔をくしゃくしゃに歪め、アレットを膝の上に抱き上げる。そして、その華奢な身体をそのまま強くかき抱き、彼女の肩口に顔を埋めた。

 アレットの重みと柔らかさと温かさを、全身で感じ取る。頬に触れるしなやかな髪が、甘く香る。腕の中の存在はもう、奇跡としか思えなかった。

「よか……った。悪魔なん……か、に……」

 震える声は、ほとんど音にならない。抱きしめる腕には余裕がなく、「俺のものだ」とばかりに、アレットにすがりついているようにも見える。

 ロイクは小さくため息をつくと、二人から眼をそらせた。

 眼を塞ぐ人がいないミリアンは、わくわくした顔で二人の様子を間近で眺めている。

「おい、リュカ」

 低く響く大天使の声にリュカが我に返り、はっと顔を上げた。

 一瞬、無防備に見せたその顔は、涙こそないが、大天使には泣いていたように見えた。

「お前なぁ……。ついさっきまで、悪魔とやりあっていた男が、なんて顔してるんだ」

 大天使が、肩をすくめて大げさに息をつく。

「……うるさいよ」

 大天使に醜態を曝してしまった事に気付き、頬がかっと熱くなる。それをごまかそうと、ぶっきらぼうに言葉を返し、眉根を寄せて顔をそむけた。

 それでもその両腕は、大切なものをしっかりと抱きかかえたままだ。

 そんな様子を、大天使は喉の奥で笑いをこらえながら、面白そうに見下ろしている。

「リュカ、お前、いくつになった」

「……十九」

「そうか。もう、そんな年になるか。早いものだな」

 そうしみじみと言いながら、大天使が二人の前にかがみ込んだ。

 大天使にいつまでもそっぽを向いている訳にもいかず、リュカが横目でちらりと視線を向けると、大天使はさらに屈んで、アレットの額に唇を落とした。

「えええええっ! なんでアレットに?」

 大天使の思いがけない行為に、思わず大声が出る。とっさに、アレットを奪い返すように腕を狭め、視界からも隠そうと彼女に覆い被さった。

「なんだよ、ミカエル」

 自分でも意識しないまま不機嫌な顔を向けると、大天使は、今度はリュカの頬をがっちりと両手で挟み込んだ。ほとんど力ずくで額に口づけると、にやりと笑う。

「祝福だ」

「祝……福……?」

 その言葉の意味がぴんとこない。大天使の唇が触れた場所を手で押さえ、困惑する。

 その時、入り口の扉が音を立てて開いた。

 そこに立っていたのは、足の不自由な様子の、身なりの良い中年の男と、彼を支える使用人風の背の高い痩せた男。

「ああ、来たな。あの女の父親だ」

 大天使が、入り口に眼をやった。

 二人は、部屋の中心に堂々と立つ、翼のある神々しい姿に、驚きのあまり立ち尽している。

「私の姿を見せておいた方が、説得力があるだろう? 後は、お前が後片付けをするんだな。さあ、立ち去りの許可を」

「ありがとう、ミカエル。助かったよ」

 リュカは左手でクロスを握ると、大天使を見上げながら、立ち去りの許可の呪文を唱え始めた。

 大天使のまとっている光が、呪文とともに、徐々に強くなっていく。

「なかなか、面白いものが見られて良かったよ。悪魔の足の小指が手に入らなかったのは、残念だったがな」

 そう笑って、大天使は目の前から光とともに消えていった。

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