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だいじょうぶ、お前ならやれる

 昨日リュカが気になった貴族の元別荘——マノンの屋敷の少し手前で、リュカは辻馬車を降りた。道の角に身を潜めて、屋敷の様子をうかがう。

 昨日は無人だった重厚な門扉の前には、今日は門番が一人立っている。

「今日はご丁寧にも、見張りが一人……。ロイク、犬はいるか?」

『今は……いる。でも、さっき来た時はいなかったんだ。馬車が敷地内に入っても、犬は吠えなかった』

「なるほど。亡霊が一緒に来ることが分かっているから、犬が騒がないように、遠くにつないでおいたんだな」

 リュカが気になって仕方がなかった屋敷。そして、ロイクが嫌な感じがすると言っていた女。どちらも直感でしかなかったが、一つに重なった。

 偶然の一致とはとても思えない。

「教会の神父が、最近でも、若い娘が行方不明になっているって言ってたんだ。まさかと思っていたけど、今でもまだ……」

『儀式を……やっている?』

 二人はぞっとして顔を見合わせた。

「だとすると、アレットは生け贄。いや、もしかすると……」

 彼女が生け贄になること以上の、最悪な状況が頭をよぎる。

 あれほど強い亡霊を引き寄せる力があれば、悪魔を依りつかせる悪魔の器になれる可能性がある。器にされてしまったら、アレットの魂を奪われるだけでなく、彼女の顔をした悪魔が人界に留まることになってしまう。

「もし、そんな事態になってしまったら、俺はアレットを……」

 リュカは自分の両手を見た。

 もし悪魔の器にされてしまったら、俺は悪魔を彼女ごと始末しなければならない。

 それが、白魔術師一族が代々担ってきた使命なのだ。

 背中を冷たい汗が流れ落ちる。呼吸が浅く、速くなる。

 リュカは両手をきつく握りしめると、激しく頭を振った。

「くそっ。させるか!……ロイク、俺はあの屋敷に入ってアレットを助け出す」

 左手でシャツの上からクロスを握り、顔を上げて、決意のこもる眼で屋敷を睨む。

『ああ。頼む』

「それには、あの見張りと犬が邪魔だ。お前は、入り口から離れたところに犬をおびき出して、騒ぎを起こしてくれ。屋敷中の人が集まって来るほど、派手に頼む」

 リュカが真剣な瞳をロイクに向けた。

 犬に襲われて命を落としたロイクに、酷なことを言っているのは分かっている。そして、彼がそれに応えることも……。

『任せ……ろ』

 そう言いながらも、黒猫は毛を逆立てて耳を後ろに倒し、ガタガタと震えていた。

 どれほど恐い思いをしているのか想像に難くない。それでも、彼はアレットを助けるために囮になる決心をしている。

「ロイク……」

 痛ましい思いで手を伸ばし、彼を励まそうと、首の後ろを少し乱暴な手つきでぐしゃぐしゃと撫でた。そして、手を止めると静かに呪文を唱える。

「天と地を護る大いなる力よ。この強き意志を持つ者に加護を与えよ。……大丈夫だ、お前ならやれる!」

 ロイクの首をぽんと叩くと、それを合図のように、彼は真っすぐ駆け出した。

 ほどなくして、敷地の右側の角付近から、激しい犬の鳴き声が上がった。別の大きな犬が吠えながら、門扉の後ろを右手に疾走していく。門番が驚いた様子で持ち場を離れ、柵の外側を回って様子を見に行った。

「今だ!」

 リュカは、派手なベストを脱ぎ捨てると、屋敷の門に駆け寄った。門扉の豪華な装飾に手足を掛けると、あっという間によじ上り、向こう側に飛び降りた。

 ロイクの起こした騒ぎで、門から玄関にかけては全く人がいなくなっていた。複数の犬が狂ったように吠える声と、屋敷の人々が騒ぐ声を右手に聞きながら、物陰に身を隠すことすらせず、一気に屋敷に侵入する。

「やっぱり……」

 胸が悪くなるような邪悪な空気に、苦々しく顔を歪めた。

 ここまで来るとはっきり分かる。

 この屋敷はかつて、悪魔が召還された場所だ。しかも、かなり上級の悪魔で、呼び出されたのは一度や二度ではない。生け贄として捧げられた娘も、十人を下らないだろう。

 もしかしたら、今現在も……。

 血に染まるアレットの姿が頭に浮かび、強く頭を振ってその映像を振り払う。

「くそっ! 場所は……どこだ。どこにいる」

 重々しい意匠のクロスを首元からたぐり寄せて左手に握り、精神を集中させる。

「……もっと奥の……地下? …………あっ!」

 禍々しい空間の歪みの中心に、伯爵とミリアンの霊力を感じ取った。

 それは、そこにアレットがいることに他ならない。

 歪みの中心は、悪魔が降り立つ魔法三角が描かれる場所のはず。そんな場所に彼女がいるということは……つまり、ただの生け贄ではない。

 アレットは悪魔の器にされようとしている!

「まずい! 急がないと……」

 秘密の儀式が執り行われるような場所は、大抵、隠し部屋になっている。簡単には見つからない。リュカは地下への入り口を探して、必死で屋敷の中を探る。

 やがて、両側に太い柱が立ち並ぶ長い通路に出た。その奥に駆け寄る。

「ここだ。この真下!」

 膝をつき、磨き上げられた大理石の床に、拳を打ち付ける。

「すぐそこにいるのに……。くそっ!」

 悪魔によってつくられた歪みの中心を、拳の真下に感じる。すぐそこにアレットがいるはずなのに、どうしても、そこへたどり着くための道を見つけ出せない。

 このままでは、最悪の事態を迎えてしまう。

「もう少し待ってて、アレット。必ず君を助け出すから」

 秘密の部屋への入り口は、屋敷の中にあるとは限らないことを、経験上知っている。

 リュカは心をその場に残しながら、すぐ脇にあった窓を開けて外に飛び出した。短く苅られた芝生に音もなく降りると、建物に沿って走り出す。

 裏口と思われる小さな扉。色とりどりの花が咲き乱れる温室。庭師の小屋らしき建物に馬小屋、倉庫。

 どこだ。

 この場で魔術は使えない。使えば、間違いなくあの女に自分の存在が知られてしまう。

 クロスを握りしめ、意識を広げて手がかりを探す。しかし、感覚を研ぎすませばすますほど、屋敷全体を覆う邪悪な気が自分の中に入り込み、その感覚を蝕んでいく。これでは何か痕跡が残っていても、見つけ出せるはずがない。

「く……そっ! 仮にもカントルーヴを名乗る者が、不甲斐ない!」

 目の前が暗くなり、冷や汗が滲む。自力で立っていることすらできなくなり、屋敷の壁に背中を預けた。

 広げた意識を自分に引き寄せ、侵入してくる妖気を遮断する。

「アレット……」

 彼女の名を呟くことで、絶望に傾く自分を踏みとどまらせる。

 どうしたら、いい。

 魔術にも、自分の感覚にも頼れないのなら、自分の足と目でしらみつぶしに探すしかない。

 しかし、果たしてどれだけの時間が残されているのだろう。

 ふらつく足を踏み出した時、屋敷の角から人影がのぞいた。

「誰だ!」

 低く脅すような声の主は、両手で短剣を構えていた。体格の良い中年の男だ。

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