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お嬢さん、ちょっとお手伝いいただけますか?

 町の中心にある広場は、休日を思い思いに過ごす人々で賑わっていた。露店もいくつか出ていて、開放感たっぷりだ。大きな噴水の前を陣取って始めたリュカの大道芸も、あっという間に大勢の観客に囲まれた。

 途中、リュカはにっこり笑って、一番前で見ていたアレットの手を取った。

「さあ、素敵なお嬢さん。ちょっとお手伝いいただけますか?」

「え? わたし? どうして……」

 戸惑う彼女を強引に引っぱってきて、観客の前に立たせる。

「お嬢さん、しばらく、じっとしていてくださいねー」

 朗らかにそう言って、トランクの中から瓶を一本取り出し、コルクの栓を抜いた。そして、頭に被っていた帽子を手に取って裏返すと、その中に、瓶に入っていた水を観客によく見えるように高い位置から注ぎ入れる。

 自分の手元を見つめているアイスブルーの瞳が、戸惑いと不安に揺れている。

 取り囲む観客たちの眼差しが、期待に満ちて熱い。

 それらを充分に堪能してから、悪戯っぽくにっと笑い、水を注いだ帽子のつばを両手で持った。

「キャーッ!」

 帽子を素早くアレットに被せると、彼女は甲高い悲鳴を上げて身をすくめた。

 観客たちも、思わず大きく息を飲む。

 そして、一瞬の静寂——。

「…………あら?」

 ずぶ濡れになるはずなのに、水が流れてこない。

 アレットが不思議そうに顔を上げると同時に、リュカが得意げに、彼女の頭から帽子を取り去った。

 とたんに舞い散るたくさんの紙吹雪。

 弾けるような観客の笑い声と歓声に、手を振って応えていると、彼女がちょっと拗ねた上目遣いで見上げてきた。それがまた愛らしくて口元が緩む。

 調子に乗ったリュカは、その後もアレットを相手に奇術を仕掛けていく。

 彼女がいちいち素直でかわいい反応をしてくれるから、即興で合わせていくのが楽しい。

 二人の微笑ましい絶妙な掛け合いに、観客たちから笑いや、冷やかし、歓声が上がった。

 彼女との時間の最後の仕上げは、さっき紙吹雪をまき散らした帽子の中から取り出した、小さなピンクの花束。それをうやうやしい仕草で手渡して、「ありがとう」と頬に軽く口づける。

 観客から大きな拍手と、ひやかしの口笛が上がった。

 花束を手にしたアレットは、頬に触れた熱を手で押さえ、赤い顔をしながら元いた場所に戻った。

 いつも最後に披露することにしている玉と短剣のジャグリングで、この日の公演も無事に幕を閉じた。

 しかし、丁寧なおじぎの後も、チップを弾んでくれるお客さんや、駆け寄ってきて腕にぶら下がる子どもたちに、愛想を振りまくことは忘れない。観客を楽しい気分のままに見送って、ようやく本当の意味での芸は終わるのだ。

 徹底した仕事ぶりを少し離れた場所から見守っていたアレットたちは、ようやく人波が引いてから、リュカのもとに駆け寄る。

「アレット、さっきはありがとう。俺、すっごい楽しかった!」

 彼女に気付いたリュカは、まだ演技を終えた高揚感を抱えたまま、これ以上ないほどの眩しい笑顔を彼女に向けた。

「わたしも楽しかったわ。最初、水をかけられると思って、本当にびっくりしちゃった。あれ、どうやってるの? あと、ほら、箱に入れた玉がなくなっちゃったりとか……」

「くくっ……」

 彼女の紅潮した頬を見ると、思い出し笑いが口から漏れる。

 観客の前に引っぱり出して、奇術を仕掛けたときのアレットの反応は、本当に可愛くて。彼女を巻き込んでの演技は楽しくて……。これまで味わったことのない、幸せな時間だった。

「ねぇ、笑ってないでよ」

「ごめん。だって、君って……すごく……」

 どうにもくすくす笑いを止められなくなり、リュカはその場をごまかすために、後ろの噴水まで移動して腰掛けると、どこからともなくオレンジを取り出した。

 突然、空中から現れたその果実に、アレットは一瞬目を奪われてから、思い出したかのように口を尖らせる。

「でも、急にお客さんの前に引っぱっていくなんて……ひどいわ。先に言ってくれれば良かったのに」

「先に言ったらつまらないよ。いきなりやるから、いいんだ。はははっ」

 なんというかもう、くすぐったくてたまらない。

 さっき短剣を突き刺したオレンジの傷に爪を立てて、皮を剥き始めると、あたりに甘酸っぱい香りが広がった。

『リュカ、すごかったー!』

『たいしたもんだな』

『ああ、まったくだ。どれだけ、目を凝らしても、タネがわからなかった』

 亡霊たちも、大道芸を純粋に楽しんでいたようで、感心した様子で口々に褒めてくれた。アレットを相手に、ちょっと調子に乗りすぎた自覚があったから、ロイクには文句を言われそうだと内心ビクビクしていたが、彼の口からも賞賛の言葉しか出てこなかった。

 ほっとしながら、皮を剥き終わったオレンジを半分に割り、傷のついていない方をアレットに渡す。自分の分を小房に分けて口に放り込む。

「午後からもう一回ここで公演して、夕方は結婚パーティに呼ばれてる。だから多分、帰りは遅くなるよ」

「分かったわ。頑張ってね」

 オレンジを食べ終えたアレットが、亡霊たちと一緒に帰っていく。

 少し歩いて振り返った彼女に、リュカは笑顔で右手を大きく振った。

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