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行方不明になった王女も、もしかしたら

「二百五十年ぐらい前というと、ラグドゥース国が倒され、ヴァランカ国に併合された頃になりますね」

「えっ? そうなんですか?」

 確認するように、隣に座っていたアレットを見たが、彼女は困ったように軽く首を横に振った。

 それが事実なら、ラグドゥース王女が行方不明となり、伯爵が処刑されて間もなくして、国が倒れたということになる。

「あなたはサン=エティーナ……オルディア国のご出身ですよね。ご存じないのも無理はありません。ラグドゥースは小国で、その時代、財政的に困窮していたのです。それで、王女を隣の大国、ヴァランカに嫁がせることで、援助を得ようとしていたのですが……」

「王女が行方不明になった」

「おや、それはご存知なのですか。王女が行方不明になった数年後に、ラグドゥースはヴァランカに倒されたのですよ。王女が無事に嫁いでいたら、もう少し国も維持できたかもしれませんが、ヴァランカは強国でしたし、遅かれ早かれ、そうなる運命だったのでしょう」

 神父が自分の椅子に座り、持って来た本の中から一冊をパラパラと開いた。

「その頃、ラグドゥースに悪魔信仰はあったのですか?」

 核心を突く質問だったが、神父はもう覚悟を決めたのか、質問を拒むことなく淡々と答えていく。

「この教会を見ていただいてもお分かりの通り、ラグドゥースはもともと熱心な宗教国でした。しかし、どれだけ信仰に力を入れていても、国はどんどん弱体化していき、国民の生活も苦しくなる一方。そのため、宗教に疑問を持った人々の中には信仰を捨て、あるいは歪めて、悪魔信仰に走る者が出てきました。ヴァランカに倒される十年ほど前から、その傾向は強くなっていったようです」

「その頃、若い娘が行方不明になるといったことは?」

「多かったようです。若い娘は悪魔への生け贄にされますからね。記録にあるのは……二十一人ですが、実際はもっと多かったでしょう。行方不明になった王女も、もしかしたら生け贄にされたのかもしれません。城に出入りしていた娘が数名、行方不明になったという記録が残っていますから」

 当時、悪魔信仰が起こり、若い娘が行方不明になっていたという伯爵の話と、神父の話は一致する。王女も犠牲者かもしれないという見方も、やはりあるようだ。

 もしそうなら、王女を使って儀式を行った場所が特定できれば、何かがつかめるはず。

「実際に、悪魔信仰をしていた証拠は見つかっているんですか。儀式を行った痕跡とか」

「そうですねぇ……」

 リュカの質問に、神父が眼鏡を指で持ち上げながら本のページを繰る。持って来た全ての本を順番に確認した後、本を閉じてため息をついた。

「残念ながら、そういう記録は残っていませんね」

「そうですか。やっぱり、そう簡単にはいかないか……」

「ただ、大規模な魔女狩りが行われた後は、娘が行方不明になる事件は起こらなくなったようですね。魔女狩りによって本当に魔女が処刑されたのか、うまく逃げたのかは分かりませんが」

「魔女狩り……」

 リュカが重い口調でつぶやいた。

 魔女という名称が使われてはいるが、そう呼ばれる者には実は男性も多い。魔女は、黒魔術を使い、悪魔と契約するなどして、邪悪な力で己の欲望を叶えようとする者、全てを指す言葉である。

 魔女狩りでは、魔女と見なされた者を捕らえ、拷問を行い、最終的には火あぶりにすることが多かった。実際には魔女でなくても、ちょっとしたことがきっかけで捕らえられ、濡れ衣を着せられて残酷に処刑された。まさしく、狂気の時代だった。

「ヴァランカに攻め込まれる前年に、大規模な魔女狩りがありました。そのときは三百六十四名が処刑されていますが、それ以前にも、頻繁に魔女狩りは行われていますので、総数では五百名以上が犠牲になっていると見られます」

「五百名以上も!」

 思わず大声をあげると、その声に驚いたのか、アレットがびくりと身体を震わせた。

「あ、ごめん……」

 急に大声を出したこともそうだが、残酷な話を聞かせてしまったことを心苦しく思う。

 この場に、連れてくるべきではなかったかもしれない……。

 膝の上でぎゅっと握りしめられていた彼女の両手が痛々しく、少しでも安心させてやりたくて、その手に自分の手を重ねた。

 そのせいで、彼女の顔色がさっと別の色に変わったのだが、神父に視線を戻したリュカは、それに気付かなかった。

「こんなに小さな国なのに、多すぎませんか? 実際には冤罪も多かったんだろうけど……あまりにも、これは……」

「確かに、多いですね。実は、魔女狩りにはヴァランカが介入していたと言われています。王女が行方不明になったことで、ラグドゥースは非常に難しい立場になり、介入を拒むことができなかったようです。処刑された人の名簿を見ると、貴族の名前が非常に多い。ヴァランカが魔女狩りと称して、ラグドゥースの実力者を排除したと考えるのが自然でしょう」

「……なるほど、ありえる話ですね。魔女狩りで処刑された人と、行方不明になった人の名簿は残っているんですか?」

「えぇ、あります。全員ではないでしょうが」

 リュカが立っていき、神父の開いている本を覗き込んだ。神父が指差したページに、大勢の名前と罪状がずらりと記載されている。

「ペンズ神父、書き写したいので、紙とペンを貸していただけませんか?」

 その言葉に、別の本を開きかけた神父は、ぎょっとなった。

「ええっ! いえ、それは困ります。これは極秘の記録なんです。教会の外に持ち出されては」

「二百五十年も昔の人の名前ですよ。今さら、何も困ることはないでしょう?」

「いや……しかし……」

「大丈夫ですよ。何か問題が起こったら、カントルーヴの名を出しても構いませんから」

 しぶる神父を、リュカがクロスを手に、にこやかに押し切った。

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