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みんなに大事な話があるんだけど

「わぁ、伯爵って本当に素敵。ミリアンもかわいい。ロイク、久しぶりだわ。生きていた時と全然変わらないのね」

 アレットが写真を見てはしゃいでいる。

 亡霊たちも彼女の周りから写真を覗き込み、わいわい騒いでいた。

 テーブルの上には二枚の写真。一枚は、写真館の店主が撮影したもので、中央に少し緊張した面持ちのアレットが、一人で映っている。

 そしてもう一枚は、リュカが撮影したものだ。写真に写った亡霊たちの姿は、少し輪郭がぼやけて見える程度で、真ん中にいるアレットの写り具合と、大差がなかった。

 アレットの膝の上に前足を立てて自慢げに座った黒猫は、長い尻尾を高く上げていて、胸の白い毛並みもはっきり見える。伯爵は目線が横を向いているが、貴族の仕立ての良い上着を着こなした気品ある姿だ。その首にはリュカが渡したスカーフが巻かれている。ミリアンはアレットの左側に立って、大きな眼を正面に向けている。裸足の足が不自然だが仕方がない。そんな彼らの姿が、アレットと一緒に、ちゃんとした記念写真のように一枚に納まっていた。

『もうちょっと、ほっぺがふっくらしてたらよかったのに。この寝間着、フリルがいっぱいで、素敵でしょ? お母さんがね、一日中寝間着でいるのだから、少しでもかわいいのを着ましょうねって、選んでくれたの』

 ミリアンが自分の姿を指差して、一生懸命説明している。

「伯爵って、本当に素敵な人なのね。髪も長くてすごく綺麗。お洋服も豪華だし、なんだか童話に出てくる王子様みたいにかっこいいわ」

 アレットがほぅと、ため息をつくように言うと、泣いている時以外はクールな伯爵が、何かをかみ殺すような微妙な顔をした。

 その様子が、面白くてしょうがないリュカが、思わず吹き出した。

『リュカ。なぜ、笑う』

 伯爵が、むっとした顔でこちらを見たが、やはり、何かを抑えているように見える。

「いや、だって……くくっ。伯爵こそ、嬉しかったんなら笑えば?」

 こらえきれない笑いを挟み込んだ言葉に、伯爵の眉がぴくりと上がる。ゆらりとした殺気があがり、腰のレイピアに手がかかる。

「わわっ、待って! 俺を突くつもり? ……ああ、でも、その剣で突かれても、俺、痛くも痒くもないわ。はははっ」

 一瞬ぎょっとしたものの、相手は亡霊だ。腰の鋭い剣も儚い幻。

 柄頭に手を置いたまま憮然とする伯爵を尻目に、涙を流しながらひとしきり笑う。そして一息つくと、周りをぐるりと見回した。

 テーブルの上には湯気を立てるティーカップが四つと、ミルクが入った小皿。アレットと亡霊たちの楽しそうな談笑が眼に映る。

 こういう穏やかな毎日は、ある意味、幸せなのかもしれない。

 だけど、このままじゃだめだ。

 リュカは気持ちを切り替えるようにお茶を一口飲むと、椅子にまっすぐに座り直し、真剣な顔になった。

「みんなに、大事な話があるんだけど」

 写真の周りに集まっていたアレットと亡霊たちが顔を上げた。ロイクだけが、何かを察したような顔をしているが、あとの者たちは怪訝そうにしている。

「ねぇ、アレット。君は昨日、亡霊たちを友達だとか、家族だとか言っていたね。そう思いたいのは分かるし、君たちの様子を見てると、実際そうなのだろうと思うよ。でも、このままの生活を続けちゃいけない。君のためにも、亡霊たちのためにも良くないんだ。彼らには行くべき場所があるんだよ。なるべく早く、送ってあげないと……」

 アレットが亡霊についてよく分かっていないと思っていたから、ゆっくり、言葉を選びながら説明する。しかし、これまでの経験なのだろう。彼女は思った以上に亡霊について理解していた。

「亡霊は天に召される方が幸せなんだってことは、分かってるわ。だって、セシリーも、エルマンも、シュゼットも……」

「えぇと、誰?」

 彼女の口から出た、知らない名前に驚いて、ロイクにこっそり聞いてみる。

『これまで、アレットに取り憑いていた亡霊たちだよ』

「嘘だろ……?」

 最近まで、四体が取り憑いていたとは聞いていたけど……。

 次々と挙げられていく名前の多さに、呆然となる。

「ダンテも、ロイクシスも、ヴェラも……他にもいたかしら?」

『あとメロディ! アタシと仲良しだったでしょ?』

 ミリアンが横から不満そうに口を挟んだ。

「そうね、メロディもいたわね。……みんな、消えていくときに、すごく嬉しそうにしていたの。ありがとうって言ってくれたわ」

 そう言いながら、アレットは遠い眼をする。口元に柔らかな笑みを乗せているものの、瞳の奥に揺らぐものがある。

「だから、みんなをちゃんと送ってあげたいって思ってる。ミリアンも、伯爵も……ロイクもよ。でも、亡霊って消えてしまったら、もう二度と会えないのよ。また、会えたらいいのに……って、いつも思うわ」

 アレットは、両手で包み込むように持っていたティーカップに、目を落とした。緩い曲線を描く睫毛が、細かく震えている。

「そうか……それで」

 目の前の痛々しいアレットの姿から、リュカも視線を外した。

 彼女が、次々と亡霊を引き寄せ、その力がだんだん強まっている理由——。

 それは、永遠の別れを、短期間のうちに何度も繰り返してきたのが原因だ。親しくしていた亡霊が天に召されるのは、生きている人間が亡くなることと、ほとんど同じなのだから……。

 おそらく、きっかけは母親の死だっただろう。次にロイク。彼は亡霊になって戻ってきたが、その後たくさんの亡霊たちと出会い、家族のように過ごし、別れた。そしてその寂しさを埋めるために、また無意識に亡霊を引き寄せる。そして、寂しい別れを繰り返す度に、亡霊を引き寄せる力はどんどん強まっていったのだ。

 リュカ両手で額を支えると、長く息を吐き出した。

 自分より三つも年下の少女なのに、彼女は何度、辛い別れを経験してきたのだろう。

 亡霊たちを依り着かせなければ耐えられない孤独とは、どれほどのものだろう。

 この悪循環を、できるだけ早く断ち切らないと……。

 そう決心して顔を上げると、彼女はまだうつむいたままだった。

「アレット、もう、終わりにしたほうがいい。ミリアンと伯爵を無事に見送ったら、他の亡霊が取り憑けないようにしてあげるから。もう、これ以上、悲しい別れを繰り返してはいけない。君の心が壊れてしまうよ」

「そしたら、わたしは……一人ぼっちになるの?」

 ぽつりと言った、か細い声が震えている。

 アレットの腕の間に座っていたロイクが、首を伸ばして、彼女の顎に頭をすり寄せた。

「一人じゃないよ。ロイクがついていてくれるはずだ。心配しなくても、君にはこれから、生きた人間の友達が大勢できる。いつか恋をして結婚して、本当の家族もできる。ロイクはそれまで、ずっと一緒にいてくれる」

『そうだよ、アレット。昔は二人でいただろう? また、二人から始めよう』

 ロイクがなぐさめるように、アレットの頬を舐めた。

 しかし彼女はその優しい舌を感じ取れない。黒猫の声だけに反応し、視えない姿を探して視線をさまよわせる。

「……うん。そうね、ロイク」

 しんみりした空気が流れ、誰もが黙り込んだ。

 この場をどうしたものかと思いあぐねたリュカは、とりあえず、すっかり冷めてしまったお茶を飲み干した。

『でもさぁ、アタシ、どうやったら自分が消えるのか、分からないんだよ?』

 その場の空気を読まないミリアンが、突然、のんきに話し始めた。

『生きていたときにできなかったことを、思う存分やって、それから天国に行けばいいって思ってたの。でも、だめなの。アレットと一緒にたくさん遊んだわ。ブランコなんて、ずっと乗ってみたかったのよ。それからね、みんなでかけっこしたり、草の上で滑ったり……そうだ、湖で泳いだこともあるわ。お魚がいっぱいいてね、それから……』

 どれだけ遊んだのか、ミリアンの思い出話は尽きることがない。

 アレットの腕の間でため息をついたロイクが、延々と続くミリアンの言葉を遮った。

『ミリアンは一番最初に、アレットに取り憑いた亡霊なんだ。もう、一年近く前になる。さっき言ってたメロディも病気で亡くなった子どもだったけど、彼女は満足してすぐに消えていったのに、ミリアンはどうしてもだめなんだ』

『アタシ、欲張りなのかなぁ。もっと遊べばいいのかな? 何すればいいのかなぁ。そうだ、今度はリュカも一緒に遊ぼうよ!』

 昨日のうさぎの人形に話しかけるようにしていたミリアンが、瞳を輝かせてリュカを見上げた。

「うーん。それは、考えとく。……多分、ミリアンがこの世に残っているのは、別の理由があるんだろうな。何か、思い当たることはないかい? すごく欲しいものがあったとか、行きたい場所があったとか」

『うーん……欲しいもの? あったような気もするけど……分かんない』

「理由が分からないのは、やっかいだな。いろいろ試してみないと、いけないな」

 リュカはため息をつくと、アレットの背後にたたずんでいる伯爵に、視線を移した。

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