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は? う、嘘だろ!

 抜けるような青空に、真っ白い玉を次々と投げ上げる。命を得たそれは、白い軌跡を描きながら宙を舞い、華麗に踊る手を経由して、また空へと放たれる。

 口笛が奏でる異国風のメロディ。軽やかなステップを刻む足元。いたずらっぽい明るいグレーの瞳が、玉の動きに合わせて、くるくると動く。

 青年は、周囲を取り囲む大勢の熱い視線を、一身に集めていた。

 彼の名はリュカ。年は十九。左目の上下につながるダイヤ模様の赤いメイクは、少しクセのある深い赤褐色の髪によく似合う。白いシャツの上に赤と白のハーリキン・チェックのベストを重ね、ズボンとブーツは黒。傍らに、ベストと同じ柄のハットバンドを結んだ、黒の帽子が裏返しに置かれていた。いかにもという、旅芸人の出で立ちだ。

 観客から、自然と手拍子が沸き起こった。

 よし、いいぞ!

 徐々に高まるその音を笑顔で受け止めながら、玉を扱う合間に自身でも手を打って、さらに観客を煽っていく。盛り上がりが最高潮に達したところで、彼はにっと笑い、最後の仕上げに取りかかった。

 白い玉が手を通過するたびに、小型のナイフに変化していく。鋭い切っ先が太陽の光を弾いて、くるくると回転しながら弧を描く。あっという間に、合計五本のナイフが空に舞っていた。

 人々が思わず息を飲み、手拍子を忘れた。さっきまでの、ほのぼのとしていた空間が、一気に緊張感に包まれる。

 カッ——。

 ナイフの一本が、足元に置かれていたワインの木箱に突き刺さった。続いて二本、三本と、リズミカルな乾いた音をたて、綺麗に一列に並んで突き刺さっていく。

 最後のナイフを高く投げ上げると、見事な宙返りを一つ決めた。そして、その一本が木箱につきささるのと同時に、気取ったお辞儀をしてみせた。

 一瞬の、水を打ったような静けさ。

 直後に、弾けるような歓声と拍手がわき上がる。

 リュカは息を弾ませながら眼を細め、演技後の満足感を味わっていた。

「あんちゃん、すごいねー! どうやったら、あんなことできるんだ」

「ホントに、ハラハラしたよ」

 足元に置かれた帽子に、惜しみない賞賛と共に、次々とチップが投げ込まれていく。

「ありがと。おじさん、愛してる!」

 言葉を返すだけでなく、人懐っこい笑顔で手を振ったり、投げキッスもしてみせる。

 周囲から、どっと笑いが起こった。

「おにいちゃーん。すごーい」

「かっこよかったー」

 小さな子どもたちに取り囲まれ、ちょっとしたヒーロー気分を楽しみながら、彼らの目の高さにかがみこむと、右手をくるっと回転させる。空中から取り出したのは、クローバーの葉っぱ。

「はい、どうぞ。観てくれたお礼だよ」

「うっわー」

 触れられるほど間近で起こった不思議に、子ども達の目が丸くなる。

 リュカは次々とクローバーを取り出すと、目を輝かせている子どもたち全員に一本ずつ手渡して、頭を撫でた。

「明日の夕方も、この広場にいるからね。良かったら、また来てね!」

「うんっ!」

 子どもたちが楽しそうな笑い声を上げて、駆けていった。

 大勢集まっていた観客もほとんど帰ってしまい、人影がまばらになった広場は、祭りの後のように物寂しくなった。

 旅芸人として各地を流れ歩くようになって、かれこれ二年になる。

 人々を喜ばせるこの仕事は天職だと思っているし、不安定ながらもなんとか暮らしていけるから、この生活に不満はない。けれども、自分一人だけが取り残される、この時間だけは嫌いだった。

 だからこそ、明日はもっと盛り上げようという、原動力にもなるのだけれど。

「さて……と、片付けるか」

 リュカは気を紛らわせるように、ふうっと息を吐き出した。

 帽子の中を確認すると、思った以上のチップが入れられていた。

 この町の人々はノリだけでなく、気前も良いらしい。

 リュカはお金を袋に入れ替えると、帽子を高く放り投げ、頭で器用に受け止めた。

「ふふーん。いいねぇ。いい町だ」

 鼻歌まじりで、後片付けを始める。

 ナイフが突き刺さっている木箱をどかすと、下からトランクと薄いグレーのコートが出てきた。

 コートを羽織ると木箱からナイフを抜いてひっくり返し、その中に、今日使った道具を詰める。ナイフ、ボール、スティッキ、カード、ハンカチにスカーフ……。小さな一本足のテーブルは、分解して詰め込んだ。

「ちょっと、君」

 もう少しで片付け終わるというところで、誰かに声をかけられた。肩越しに振り返ると、きちんとした身なりの青年が立っている。

「はい。なにか?」

「君、出張してもらうことはできないかい? 一週間後に、妹の結婚式があってね。そのパーティを盛り上げてもらいたいんだが」

「それはおめでとうございます。もちろん、喜んで!」

 思いがけない依頼に、顔がほころぶ。

 結婚パーティなどのお祝い事の仕事は、実入りが大きい。この町に来た初日に、こんな美味しい話が飛び込んで来るなんて、さい先が良かった。

 青年と簡単な打ち合わせをして別れた後、リュカは思わず小さく拳を振り上げた。

「よっしゃ! ホント、ついてるな」

 口笛を吹きながら、ご機嫌で後片付けの続きを始める。小さな車輪が付いた板台車に、道具が詰まった木箱とトランクを乗せて、ロープで固定する。

 一通り荷造りができたので、噴水の縁に腰掛け、少し休憩することにした。

 ナイフを突き刺した穴がある林檎を、懐から一個取り出してかぶりつく。程よく疲れた身体に、甘い果汁が染み通っていく。林檎をかじりながら、ぼんやりと、人の流れを眺めていると、ときどき、さっきの演技を観てくれた人が声をかけてくれるから、手を振って笑顔で応じた。

「今晩泊まる宿を探しに行かないとな……」

 そんなことを考えながら林檎を味わっていると、向こうから、十五歳ぐらいの女の子が歩いてきた。

 お?

 リュカの目から見て、非常にかわいらしい……はっきり言って、好みの少女だった。

 緩くウエーブのかかった、柔らかそうな亜麻色の長い髪。アイスブルーの澄んだ瞳。陶器のように滑らかで白い頬。淡いピンクの清楚なドレスがよく似合っている。

「ふーん……。いいな」

 彼女の姿を、なんとなく目で追いかける。林檎で隠れた口元がついつい緩む。

 最初のうちは、彼女の可憐な姿しか眼に入っていなかったが、やがて、彼女と一緒にいる人影に気付いた。

 なんだ? 妙な組み合わせだな。

 彼女の右隣には、やせ細り青白い顔をした、五、六歳ぐらいの女の子。背後には、背の高い中世の貴族のような身なりの美形の男。足元に黒猫。

「本当に、おかしな組み合わせ……は? う、嘘だろ!」

 あり得ない光景に驚き、勢いよく立ち上がった。

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