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笹本明美 1

 現在から少し時間を遡ることになる――

 これは事件が起きる前日の話である。


 文芸部員の笹本明美は風紀委員が部屋の入り口に設置してある目安箱に一通の封筒を投函した。

 彼女は溜息を一つ漏らすと沈んだ表情のままその場を去った。 

 夕焼けが赤く染めた廊下を彼女は一人で歩いている。すると前方から足音を響かせて一人の生徒が彼女に近付いて来た。

 その人は自分と同じ文芸部に所属している門倉紗香かどくら・さやかという名の生徒である。


 笹本は彼女の顔を見て足を止めた。

 彼女は驚いて声も出せずに少し怯えた表情で、その場に立ち竦んでしまった。

すると、門倉も彼女に気がつき、彼女の方から声を掛けてきた。


「あら、笹本さん。まだ下校してなかったんだ。こんな時間まで何をしていたの?」


 彼女は笹本と同学年であり、同じ文芸部で活動しているものの特に親しいという間柄ではなかった。それもあってか、彼女から声を掛けてきたことが少し意外に感じられた。 

 この頃の笹本は全てにおいて疑心暗鬼だったのかもしれない。


「門倉さん……あなたこそ、どうしてここに?」

「私は部長に用があって……イベントで配布する文芸部冊子の原稿が遅れているから、その相談をしていたらこんな時間になっちゃった。それに、私は人が居る所だと原稿が書けないから、もうしばらく部活には顔を出さないって、その了承を貰う為にもね」


 笹本は彼女をじっと見詰めた。

 彼女からは普段との違和感というものは感じられなかったが、それでも全てを信用している訳ではない。


「そう、部長と会ってたんだ……門倉さんは部長をどう思った? 普段と何か違うと感じなかった?」

「えっ? 面白い事を聞くわね。部長に何かあるの?」


 笹本は話すべきか少し迷った。

 彼女は文芸部の人間に対して強い不信感を抱いていた。目の前の門倉という生徒も親友の眞島純子と部長の久遠章吾・その他の部員のように以前と変わってしまっているのではないかと疑いもあった。

 だが、直接話した感じでは、そのような印象は受けない。

 門倉という生徒は部に顔を出すのが稀であった為に、自分と同様にまだ何もされていないのかもしれない。だとすると、彼女の為にも話すべきなんじゃないかとも考えた。

 そして、彼女は悩んだ末に、文芸部に起こっている事を思い切って話すことにした――


「プッ……何それ、文芸部のみんなの様子がおかしい? まるで別人のように変わった? それ、新しい小説のネタなの? 笹本さんてこんな話をする人だっけ? アハハッ、おかしい!!」


 彼女はケラケラと笑い出した。彼女が冗談を言っていると思ったのである。


「ちっともおかしくなんてない……実は私、見てたんだ……」

「見た? 何を見たの?」

「部長達が純子に対して行った事を……」

あれは土曜日の放課後だった。私は小説の題材を探そうと思って図書室に行ったんだけど、土曜日は開室時間が三時までって事をすっかり忘れていて、仕方なく顧問の小林先生にお願いをして図書室の鍵を借りて一人で本を探してた……。

 すると廊下から足音が響いて誰かが図書室に突然入ってきた。もちろん、誰かが間違って入って来ると困るから、ちゃんと鍵は閉めた筈だった。

 最初、図書委員の人が入って来たのかと思って、本棚の影からそっと覗いたら、そこに居たのは文芸部のみんなだった。

 久遠部長と三木先輩、一年生の沢渡君と田中君……そして、彼らと一緒に純子が居た。

 声を掛けようと思ったのだけれど、何か揉めているような感じに見えたから声を殺してそっと彼女達を見ていることにした。

 すると、一年生の男子二人が純子の体を後ろから抑えて、声を出せないように口も塞いでいた。私は驚いて、そこから一歩も動くことが出来なかった。


「ちょっと待って!! それって苛めじゃないの? しかも、部長も三木先輩も一緒ってどういう事!? 場合によっては大問題だよ!!」

 ――門倉は思わず声を荒げて叫んだ。


 分からない……だけど、その時 私は凄く怖くて……ただ見ている事しかできなかった。

 部長が何を言っているのか聞き取れなかったけど、ただ彼が中心となって純子に何かしようとしている事は間違いなかった。

 そして、部長は手に何かを持っていて、それを純子の口の中に入れた。

 彼女も必死で抵抗をしてたけど、男性の力に敵う筈もなく……


「それでどうなったの!? あたは見てたんでしょ!! 先生には相談をした?」

「それが……当の本人である純子の様子がおかしくて……」

「様子がおかしいって……彼らに何か脅されているんじゃないの?」

「おかしいって、そういう意味じゃなくて、あれ以来 彼女自身が変わってしまったようで……その時の事も部長達には何もされていないと言ってるし……」

「彼女が変わった? どういうことなの? もっと詳しく教えてくれる?」

「ごめんなさい。私にも分からないの……あの後、何があったのか彼女に聞いても教えてくれないし、部長達と仲違いしているようでもなかった。ただ、彼女の私を見る目がとても冷たい感じがして、まるで別人としか思えない程に変わってしまって……」

「眞島さん本人が騒いでいないのであれば問題にもならない訳か……だけど、部長達が何をしていたのか気にはなる所ね」

「だから、門倉さんも文芸部の皆には少し注意した方が良いと思う」

「ご忠告ありがとう。注意深く観察する必要があるということね。とっても興味をそそる話題だった。これは新しい小説のネタになるかも……フフフッ」

「……これはマジメな話なんだから、くれぐれも変な気は起こさないでね。さよなら!」

「じゃあね!!」

 夕暮れの薄暗い廊下で二人は別れた


 笹本の想いがどれほど門倉に伝わったか少し不安であった。

そして逆に変な気を起こして部長達に近づくことが無ければ良いのに、とそんな風にも考えた。

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