事件の後で
その日、警察による事情聴取が行われた。
被害者は桜美学園高等学校の文芸部で二年生の眞島純子という名の生徒である。
死因はナイフで刺されたことによる出血性ショック死であり、運び込まれた病院で死亡が確認された。
結局、彼女の命も救うことが出来なかった。
彼女を刺した生徒の名前は笹本明美――
彼女は眞島純子とクラスも部活動も一緒で、同クラスの友人達の話では仲の良い友人関係にあったとのことである。
そして現場に居合わせた当事者の久遠章吾・
三木静香・沢渡健二・田中 篤。
彼らは皆、文芸部所属の生徒である。
この日、朝早く集まったのはイベントに出品する部誌のことで話し合う為であり、日程の都合でサークルミーティングを朝早く実施することに決まったとの話である。
事情聴取には文芸部の久遠章吾以下四名と
風紀委員の氷山恭介と真崎恵美の二名。そして、文芸部顧問の小林信一教諭と風紀委員顧問の三久山京子教諭、それに風紀委員長の西条理香子を交えて行なわれた。
当事者達の話によると、事件の発端は被害者の眞島純子と被疑者の笹本明美との口論であり、その結果、笹本明美が隠し持っていたナイフで彼女を一突きしたと言うのがおおよその概要である。
動揺した笹本明美は現場を逃走し、たまたま悲鳴を聞いて現場に駆けつけた風紀委員の氷山恭介と真崎恵美がこれを追跡するが、笹本明美は校舎の屋上から自ら飛び降りて自殺をしてしまうといった内容であった。
そして、この事件は学園の生徒や友人達の心に深い悲しみを残しつつも被疑者死亡のまま書類送検されて捜査は終了となった。
「笑ってた、だと!?」
風紀委員長の西条理香子が語気を強めて氷山恭介に聞き返した。
「ええ、そうなんです……笹本明美という人が飛び降りる瞬間、彼女の口元が笑ってたんです。あれは見間違いじゃありません。ハッキリと見たんです!」
彼の心にはあの時の光景が深く刻まれて、忘れようと思っても忘れることは出来なかった。
「えー、それは有り得ないでしょう。これから自殺する人が笑うの? きっと氷山君の見間違いか何かだよー」
横から話に割り込んできたのは風紀委員で副委員長を務める七神早織。学園の二年生で西条理香子のクラスメイトである。
「いえ、でも確かに……」
「そんな筈無いと思うなー。真崎ちゃんは見たの? 彼女が笑っているところ……」
「いえ……私は……」
真崎は落ち込んでいた。彼女が風紀委員になった理由は憧れの西条理香子のような強い人間になって誰かを守れる立場になりたいと思ったからである。
それなのに、現実は目の前の一人の人間さえ救うことが出来なかった。
それどころか、笹本明美が自殺した原因は自分たちが追いかけた為ではないのか、自分達が彼女を追い詰めてしまったのではないか――そう考えていたのである。
「ほらね、きっと気のせいだって! それに
高い所から飛び降りるのが怖くて顔が引き攣っていただけかもしれないし……案外、そんな所かもしれないよー」
「でも……」
氷山は納得できなかったが、その後に続く言葉は敢えて口にしなかった。
事が終わってしまった以上、何が正解とか、彼女の本当の気持ちがどうであったか、などといった事はもう誰にも知ることは出来ないのだから。
「その話、警察の人にはしたの?」
――浅井真美が彼に声を掛けた。
彼女は氷山と真崎の二人と同じく風紀委員の一年である。
「してない……さすがにこういう話はちょっとね……」
「そうね。七神先輩の言うとおり気のせいかもしれないし、忘れちゃった方が楽になることもあるから、気にしないのが一番だよ」
「そ、そうだよね……」
西条は氷山と真崎の二人に目をやった。
二人が気落ちしているのは見た目にも分かる。彼女は呆れたように溜息を漏らしてから二人にこう言った。
「氷山! 真崎! 目の前で人が死んでショックなのは分かる。だが、これが自分の所為だなんて思うなよ。おまえ達の行動は風紀委員としては当然の行為だ。死んだ人間には気の毒だと思うが、おまえ達が責任を感じることは何も無い!」
西条に続いて七神も言葉を続けた――
「んー、そうね。風紀委員と言っても私達は学生なんだし、出来る事なんて高が知れているからね。今回みたいな事件は教師や警察に任せればそれで良いんじゃないかなー」
「そういう事だ。もしかしたら自殺を止められたかもしれないなんて考えているとしたら、それは思い上がりだ! 死を選んだ人間にいつまでも足を引っ張られることはない!」
「つまり、早く忘れてしまえという事ね……理香子は口が悪いけど、これでも君らの事を心配しているんだよ」
「うるさい、余計なフォローは不要だ!」
真崎は西条と七神の二人の言葉によって自分の心が軽くなるのを感じた。
それと同時に自身の素振りがどれだけ周囲の者を心配させていたのかに気付いたのである。
「そ、そうですよね……いつまでも落ち込んでいるなんて、らしくないですよね。すみませんでした。なんか心配させちゃったみたいで……」
――真崎は弱々しくも笑ってみせた。
「そうだよー、元気の無い真崎ちゃんなんて全然らしくないんだから!」
「ハハハッ……大丈夫ですよ。こう見えて打たれ強いんですよ私!」