穏和な人生を変えられた2
「…んっ……」
意識を失ってから4日後、レイは目を覚ました。体がふらつき、ぼーっとする。
…何が起こったんだっけ…?っていうか、俺、登山してたんじゃなかったっけ…?
とりあえず、状況を確認するために上半身を起こした。白と水色を基調とした部屋。今寝ていたベッドはふかふかのダブルベッド。右側は壁で大きな窓がある。目の前の壁の隅にはクローゼット。右側にデスクと椅子が。どうやらどこかの屋敷にいるようだ。大きすぎる部屋に豪華なもの…まるでホテルにでもいる気分だった。
白い薄いカーテン越しから差す光で反射するこの部屋は電気はなくても過ごせそうなくらい明るい。大きい部屋にも関わらず、だ。
カーテンを開けてみる。…眩しい。だが、カーテンを開けたことと頭が完全に冴えてきた事で今いる状況に青ざめた。
「レリュウ…!!あいつは?!ってか、ここどこ?!」
カーテンを閉めて1歩踏み出そうとした時、
ドテッ
盛大にコケた。
「痛ってぇー!って、アレ?」
つまづいた部分を抑えようと座ると、次に気づいたのは服装。登山の時に着ていた体に密着する長袖とジーンズを履いていたはず…なのだが、いまはどこかの坊ちゃんが着そうな、如何にも上等そうな薄い夜着を纏っていた。
「…なんだこれ?」
すると、白い扉がノックされ、扉が開いた。
「失礼します。お目覚めですか?主」
「えっ?」
入って来た男性は紺を基調とした服装をし、如何にも新社員です。とでも言いたそうなスーツを着こなしていた。
待て待て…一体どうなってるんだ?
レイは頭を混乱させた。それを見抜いてか、男性は言った。
「第四位始祖様がお待ちです。色々気になることはあるかと思いますが、後ほど説明致しますので、先に服のお召しかえを」
そして、レイが手をつける間もなく夜着を全て剥がされ、あれよあれよという間に服の着替えが済んだ。寝癖で跳ねた髪も綺麗になり、自分でやることがなかった。
…俺、庶民だからそんなことするなよ。自分でやった方が早いわっ
「では、案内いたします。わたくしの後ろを着いてきてくださいませ」
そして、自分の部屋を出た。廊下は大理石で埋め尽くされ、カツッカツッという足音が響く。
コレ、完全にお城だな。何この広さ。意味わかんねぇ。
暫く長い長い螺旋階段を降り、廊下を歩くと、ある扉の前で立ち止まった。どうやらここに自分に用がある人がいるらしい。
コンコンコン…
「第四位始祖様、例の彼をお連れしました」
『入れ』
例の彼…?俺のこと?なんで?
兎にも角にも返事があったので、男性と一緒に入る。そこは執務室だったようで、手前からソファーとガラスのテーブル、執務室の机、その背後に窓と本がビッシリと入った棚が置かれていた。
大きくも小さくもない部屋だった。執務机の手前左側に扉がある。
そして、目の前には黒っぽい服に金の縁取りがある服装をした女性がいた。足を組み、肘掛け椅子に頬杖をつきながら、何かの紙を見ている。
女性は入って来た男性とレイを見ると、書類を引き出しに終い、立ち上がった。
「ようやく目覚めたか。向こうの部屋に移る。付いてこい」
女性は左側にある扉に手を掛けて奥へ入った。レイも続いて入ろうとすると、少し後ろにいた男性に肩に手を置かれた。
「わたくしが来れるのはここまでです。あちらの部屋には貴方様1人でお行きなさい」
「分かった。ありがとう」
レイは淡々とした口調で礼を言い、そのまま開け放たれた扉に入った。入ると、ガチャンッと勝手に扉が閉まり、鍵が掛かった。
「おいっ!何をしている?!」
レイは閉じ込められたと思った。あの男がやったのだろうと。1人目の信用者がいなくなった。いや、元より誰も信用していないのだが。
「おい、お前、名前は」
女性は閉じ込められた筈なのに、平然として質問をした。もしかすると、コイツが命令したのか…?
「……………。」
レイはこの女性に名前を教える気はなかった。その為、黙ったままでいると、再び声を掛けられる。
「そんなに名乗るのが嫌か。まあいい。ちょっとそこに座れ」
ここの小さな部屋は丸い木の机と豪華な木彫りがある赤いクッションの木の椅子があるだけで、他には何も無い所だった。
女性はその奥の椅子に座っており、レイは話さない、行動に移さない。を決め込んだ。だが、そう上手く行くはずもない。瞬きすら出来ない一瞬で女性はその場から消えた。
「座れっつっただろうが!!」
ダーンッッ
「ッ!!痛ェ…はっ?!」
女性の声と共に自分の体を背中から床に叩きつけられた。これは逆らわない方がよかったか…?と思うのだが、床から拘束用の手が自分の両手首と両足に巻きついてくる。
いや、待てよ。これ、絶対脱出出来ないヤバいパターンだ。
「ペナルティー+1っと。
お前、あたしに逆らったらどうなるか分かったか。あんたはあたしの弟になるんだよ。分かってるのか?」
「…は?どういう事だよそれ!俺はお前との繋がりなんてないぞ!っていうか、なんなんだここ!説明しろよ!」
「するよ。今から。だからさっき座れって言ったんだよ。…まっ、お前が1つ逆らったから、その状態になったんだけどね」
「…外せよ」
「無理。お前の後ろにある扉の鍵が開いたら解除されるからそれまで待ちな」
女性はレイが無言になった事で大人しくなったと思ったのか、話し始めた。
「まず、あたしの名前はミャルナ·シャーゴット。第四位始祖の血統を持っている。あんたはあたしが気に入ったから貰ったのよ。光栄に思いな。本当ならばあんたは下級のジルギアのやつらしかお目にかかれないんだからさ」
「なんだそれ?あのジジィも言ってたけど、第四始祖とか、ジルギアってなんだ?」
「ジジィとはなんだ!お前は常識というものを知らぬか!ペナルティー+1」
「うっ…」
手足の拘束に加えて首を絞められる。辛うじて息が出来る程度の締め付けは酸欠になりそうで歯を食いしばった。
「あの人はダルグレッド·ミシュリレン。ここの執事をしている。お前の専属だからダルグと言え!」
「…わ……かた……」
レイが弱々しく言うと、女性、ミャルナはふんっと息を吐いて続けた。レイは仰向けに床に拘束されているため、上から目線に見るミャルナの視線は鋭く怖いものがあった。
「で、だ。始祖は血統を途切れさせてはならない。だから、新たに血統を継がせるために貴族だけ鬼を増やすことを許可されている」
「って……こと…は……」
「ふむ、もうここまでいえば察しがつくか。そうだ。お前は人間…吸血鬼に変えてやる!」
ミャルナは爪を鋭く伸ばし、レイの皮膚を服ごと切り裂こうとした。
「やっ、やめろっっ!!!……っかっは…」
が、レイの叫びでピタリと攻撃が止まる。首を絞められているため、あまった空気が肺から出ていった。ミャルナの瞳は紅く、爛々と不気味に輝いていた。ミャルナの声が冷徹に淡々と響く。
「ペナルティー+15」
「がああああああ!!!」
首の拘束だけを解き、胸に大きく鉤爪を深く斬りつけた。ミャルナが付けたその傷から大量の血が溢れ出す。服は紅く染まり、床はレイを中心にドクドクと血溜まりが出来ていく。
手足の拘束により暴れることが出来ないが、それでも胸の痛みをどうにかしようと動かない四肢を動かす。
「うぐぐぐぐぐ…」
「…まっ、これでお前もあたしの仲間だ」
「っ!うあああああっ!!!やっ、やめろぉッ!!」
ミャルナは自身の口の中を切り、レイの首に咬みついた。そして、自身の血をレイの中に入れる。胸の痛みと異物としか思えない彼女の血で全身が激痛に見舞われる。
「ぐああああああ!!痛いイタイィ!!」
「ふふ…吸血鬼になる条件1クリア。条件2、お前の血をあたしが吸うこと。まあ、胸の傷が開いてるからいいよね」
「イッっ!!やっ、やめろッ!!うああっ!」
レイは涙目になってくる。俺、人間死ぬのか…。全身を回る激痛と人間としての人生をこの女性によって打ち切られる恐怖で体が小刻みに震える。
そうしている間にもミャルナはレイの血を呑んでいた。これでもかと言うほど飲み尽くしたあと、顔を上げる。
「ぷはー…あんたの血は美味しいね。お前を選んで正解だったよ。あっ、もう一つ。吸血鬼になるための条件3がある。あと一つクリアすればお前は完全なる吸血鬼さ!だが、お前の体はあたしの血に慣れていない。その痛みが治まるのは丸1日かかる。条件クリアの3つ目は1週間後にするよ」
ミャルナは恍惚した表情で言う。そして先程入った扉に近づき、自分の持っていた鍵で開けた。それによりレイを拘束していたものが解かれる。しかし既に抵抗する気も失せ、その場で倒れたまま動かなかった。
ミャルナはレイを一瞥すると、部屋を出ていき、すれ違うように専属執事のダルグが入ってくる。
「貴方様、お身体の方はいかがですか?」
「……………………。」
ダルグはレイに声をかけるが、レイは放心状態でとても話せる状態ではなかった。先ほどの深かった傷は、ミャルナの吸血鬼の血のおかげか、ほとんど塞がりかけていた。ダルグはクスッと笑い、お姫様抱っこをしてレイを連れて部屋を出る。
「では、第四始祖様、また1週間後に」
「ああ。そいつの世話を頼んだぞ」
ミャルナは血を被ったにも関わらず、そのまま職務を続けるために書類を取り出し、目を通していた。書類から目を離さずにダルグに言うと、ダルグは「失礼します」と一礼をして部屋を出た。
レイの部屋に着く頃、レイは意識を失っていた。激痛の為か、血を奪われたせいか、それとも精神的なものかは分からないが、いづれも関係しているような気がする。
ダルグはレイを1度ソファーに寝かせ、体を綺麗に拭き取ってから夜着に着替えさせ、再びベッドに寝かせた。
「まだ昼の時間なのですが…先程起きられたばかりだと言うのに。ミャルナ様も人が悪い。
貴方様、もう暫し、お身体をお休め下さいませ」
ダルグはレイに布団をそっと被せながらそう呟いた。