穏和な人生を変えられた
肌寒い秋の季節。滝の流れる大きな河は上流から下流へと果てしなく続いていた。その森の中で登山をする旅人達にとってその光景は癒しの絶景だった。
「いや〜癒されますな〜」
「そうですね〜いやはや、これはもう今までの疲れが取れますな!」
「そうですね」
「ちょっとここいらで休憩しましょうか」
「そうだなぁ〜そうするか」
旅人達は笑顔で頷き、レジャーシートを引いて準備を始めた。そんな彼らを他所に、反対側の河から見つめる鋭い視線があった。
「…ん?……いま…何か…?」
「どうしたんだい?若者クンよ」
年配に混じってついてきた若者達はチラホラと何かを感じて辺りを見回した。しかし、森の空けた地であるにも関わらず見つからない。年配の人はどこからかの視線には気づいていないようである。
「あ、いえ…大丈夫です」
「そうかい。困ったことがあったら、遠慮なく言うんだよ」
「ありがとうございます」
やはり、気のせい…?
話が終わる頃には鋭い視線はなかったので、首を傾げて自分も休憩に入った。
昼食を兼ねた休憩後、片付けて帰ろうとした時、1つ煌めくものがあった。
「…おい、レリュウ、これ…なんだ?」
1つの煌めくもの、それは不思議な光を放つ鉱石だった。七色に光り、七つの幸福をもたらすと言われている幻の石。
「これは…!幻の魔石、マグレット·ヒューレじゃないですか。ありとあらゆる世界に存在していないとされているお伽話の中の話ですよ。まさか実物がここにあるなんて…!!素晴らしいです!」
「おい、そんなにすごいものなのか?持って帰る?みんなに自慢しよーぜ?」
「いえ、これは内密にするべきです」
「なんでだ?」
「ちょっとこちらへ…」
少し年配の人と離れた場所に移動して、レリュウは続けた。
「いいですか、レイ?この幻の石…これは加護です。誰かに見せてしまうと、その効果はなくなります。僕達だけの秘密にしましょう」
「ええー…」
レイは少し残念そうに肩を落としたが、それなら仕方ないと割り切って持って帰ることにした。
「じゃあ、決まりですね…ん?」
「また…あの視線と同じだよな…?」
再び鋭い視線を感じてある方向を見つめる。しかし、その方向には誰もいない。一体誰なのだろうか…?
「ッ!!レリュウ、危ないッ!」
一瞬の油断が命取りである。レイはタックルをかまして全力で避けた。
「…ってぇ…」
勢い余って数メートル飛び、レリュウの皮膚が少し切れてしまった。レリュウのいた位置には矢が2本。殺す気で放たれたものだった。
「悪りぃ…これ、完全に狙われてるよな…?」
「そうですね…うわっ!」
2人で矢が刺さっている所を見ていると、再び飛んでくる矢があった。そして、先程一緒にいた旅人達を置いて全力でそこから逃げる。もちろん、荷物は持って。
「これどーすんだっ!あのじっちゃんとばあちゃん達を巻き込むわけにゃいかねぇだろ!いっそ、向こう側の森に踏み込むか?!」
「それは危険です!…でも、確かにあの中で戦闘能力がある人は3分の1にも満たないのも事実ですし…、仕方ありません。レイの意見に乗りましょう」
叫びながら、走りながら2人は会話をして大きな河を渡るためのボードを探しに回った。そして、散々探し回った結果、ボードは一応見つかったが、2人で乗れそうに無いほどボロボロだった。
「「………………………………………。」」
「…どうします?」
しばらくの沈黙のあと、レリュウが問いかけた。レイはしばらく悩んで、悩んだ末、
「お前が乗れ!俺は泳ぐ。お前のボードに掴まるから流されないようにしよう!」
「え?!それは危険ですよ!この河…肉食系の魚がいるんですから」
「え"ぇ〜マジかよ…じゃ、どーすりゃいいんだ?」
早速難題にぶち当たってしまった2人。早くしないと旅人達に自分たちがいない事に気づいて探し回るだろう。それまでになんとかせねば…。
「んー…けどさ、ここの肉食魚って血に寄ってくるんだろ?俺、お前を怪我させちまったからさ、レリュウは乗ってほしいんだ。俺、どこも怪我してないし」
「でも…」
「頼むから、お願いだよ…!!」
結局レリュウはレイに勝てず、渋々承諾した。そして、舟にレリュウを乗せて河に下ろした。
「レイは大丈夫なんですね?」
レリュウは近くにあった流れ木を漕ぐために使って、レイは直接河に入った。荷物は少ない方がいいということで、かなり最小限にレリュウのリュックに詰めて舟に乗せた。
「おわっ!かなり深い…足がつかねー」
「当たり前でしょう?何のためにこんなに大きな河なんですか。行きますよ?」
「おう。こっちも準備は出来たぞ」
バシャバシャ…
しばらく無言で葛藤する。河の流れは比較的穏やかだが、ちっとも進んでいない気がする。いや、進んでいるのだが、そう錯覚するほど川の向こうは遠かった。
「………疲れた」
「大丈夫です。もうすぐ着きますよ」
「ええ…どう見ても遠い……」
「もう着きますよ?」
そして、レイはンなわけねーだろ。とかブツブツ言いつつ、チラリと見ると、
「えぇっ?!嘘だろ?!いや、ついさっきまで…ぶくっっ」
驚きすぎてオンボロ舟の一部を壊して河に沈んだ。
「ちょっっ、レイ!大丈夫ですか?!」
しーん……
一向に出てこないレイの沈んだ場所を見て呆然とした。そのまま舟は流れる。その数分後、
「ぷはーっ!死ぬかと思ったッ!…あれ?レリュウ?どこ行った?」
キョロキョロ探して、とりあえず、向こう岸に足を踏み入れた。そして、髪の毛に付いた水滴を幾らか振って飛ばすと、河が流れる方向へ走り出した。
「さっ、サブい…」
夏とはいえ、森の中である。ヒンヤリした風が濡れた服越しに肌に触れるので余計に寒かった。服を絞ってある程度の水を落とすと、歩きながらレリュウに呼びかける。
「なんでいねーんだよ!レリュウ!どこに居んだおい?!レリュウー!」
叫びながら歩いていると、前方に立ちはだかるように出てくるものがあった。
「…なんだ、お前…」
「グルルルルルル…」
狼に似た少し大きめの魔物が威嚇しながら前方を塞いでいた。それだけで怯むレイではない。
「そこどけよ。俺のダチがいるかもしんねーんだからさ」
しかし、狼は退かない。暫くして
「ギャアアアアアア!!!!!」
レリュウらしき声が響いた。何かがあったようだ。レイはハッとして狼を睨みつける。
「俺のダチに何をしたッ!案内しろよッ!」
レイが叫ぶと、頭の中に見知らぬ声が響いてきた。甲高い声だが、恐怖にしかならない爆弾発言を投下された。
『お前が知る義務はない。来ないが己のためだ。だが、お前も美味しそうな匂いがする。食べ尽くしてやろうか…うーむ。おい、連れてこい』
「ウォンッ!」
甲高い声の生き物なのかなにかは知らないが、目の前にいる狼は応え、レイが乗りやすいように背を低くした。
「俺が乗るのか…?嫌な予感しかしねぇ…けど、あいつも心配だ」
レイが狼の背に乗った瞬間、超高速で移動され、危うく振り落とされる所だった。
「確実に乗るまでもう少し待てよな!」
なんて悪態つきながらもすぐに到着。レイが狼の背から降りると、前方から覆い被さるものがあった。傍から見れば、愛しの女性が男性に抱きついた恋人のような図だろう。
ブチッ、ジュルルルルル…
「いっ…?!あっ…!!」
レイは青ざめた。隣にレリュウが血を流して倒れていたからだ。そして自分は肩を咬まれ、血を吸い取られていく。レイの頭は完全に恐怖で埋め尽くされた。そこに先ほどの女の声が響く。
『来ない方が良かったのに…まあ、あなたも生かせてあげる。ただじゃ殺さないから安心しな』
女は十分に吸い尽くした後、かろうじて生きられる程度の血を残して離れた。女が離れたことで支えられていた腕がなくなり、失血によってうつ伏せに倒れた。そこまでなら顔を動かして女の顔を見れただろう。だが、一気に血を失ったことで怠惰感が襲いかかり、恐怖も合わさってか、指1本動かすことが出来なかった。
『さて、こいつも運ぶ。手伝ってくれるか?』
「ウォンッ!」
そして、そのまま意識を手放したレイとレリュウはどこかの森の中へ連れ去られてしまったのだった。