*漆
▼扇
レストラン『九十九堂 朝葉原店』。本当にハイセさんのことを知る者がいるのだろうか。
「失礼しまーす」
「ああ、君か!皇から聞いてたよー!」
白いブラウスに黒いベスト、銀髪ショートに黒いリボンカチューシャの少女。…この人が?
「真那ー、客人だよ」
「…貴殿か」
真那さんと呼ばれた少女は、黒いブラウスに白いベスト、黒髪ロングの白いリボンカチューシャ。さっきの少女とはまるで正反対であった。
「岸波扇っていいます、無能力者ですがよろしくお願いします」
「屋取真那、両面宿儺だ」
「私は佳那、屋取佳那!同じく両面宿儺だよー」
恐らく、双子の姉妹のようだ。
「決して表には出ない情報とかってよくあるでしょー?私達なら世の中の歴史は結構詳しいから、紀元後の八五年より後のことなら大体知ってるよ!」
「私達は、かれこれ二千年以上は生きているからな」
「両面宿儺の名にかけて、何でも答えちゃうよ!」
「あの、屋取さん達は…ハイセさんのことは知っていますか?」
「ハイセ?…ああ、あいつか。あいつは一九八〇年代の人間だ。二〇〇〇年後半――ちょうど今から九十五か六年くらい前、あいつは弾けた。あいつは確かダガーを使っていたな」
ダガーとは全長十~三十センチメートル程度の諸刃の短剣で、使用者の前腕の長さと同程度が望ましいとされる。
「それを契機に『ダガーナイフ』という呼び名が報道を中心に多用されているけど、ナイフは汎用の刃物一般で、ダガーは武器としての刃物の形質を示すから、単に『ダガー』と呼ぶのが正しいんだよー」
「また戦場で致命傷を負った瀕死の負傷兵にとどめを刺して楽にしてやるために用いられたダガーは『ミセリコルデ』――ラテン語で慈悲の短剣とも呼ばれている」
“ミセリコルデ”――私の持っている銃と同じ名前だ。
「確かその扇も“ミセリコルデ”っていうんだよね?」
「あ…はい、そうです」
「アヴァロンでは無能力者にそれを渡すと聞いた。それは“ミセリコルデ”が名の通り『とどめを刺す為のもの』、つまり一撃必殺の為のものだからだ」
「この武器は異形には効くけど、無能力者にはその効力は及ばないの。だから無能力者以外には扱えないんだよ」
だからわざわざ私に渡してきたのか。
「ところでさ、岸波扇って本名?」
「違います。加藤かなめです」
「加藤か――ハイセの生前の名も、加藤だ。これは何かの偶然なのか?」
「…偶然だと思いたいです」
「だろうな。……まあ好きに捉えてもらって構わない」
「そうします」
「ところでさあ、君…私達と協力しない?」
「何故ですか?」
「…嫌なら、構わない。私達といても楽しくなかろう」
「そんな事はないのですが、何故そんな話に」
「私達は基本的には何の勢力にも加わらないけど、君が組織としての目的とは別に何か目的があるなら、手を組むことだってしたっていいよ?…なんなら、九十九堂全体を味方につけたっていい。利害が一致しさえすればの話だけど」
「一応は花子にも交渉はしておくが」
「花子…?」
そういえばトイレの花子さんがいるって言ってたような。
「川谷花子。トイレの花子さんだよー。ここに入る時にちらっと見かけたでしょ?黒髪ショートに赤いスカートの女の子」
「あの人かー…」
「一応は花子がリーダーってことになってるんだよ」
わあ、さすがトイレの花子さん。
***
それから数時間が経った。何時間経ったかはわからない。
「あの、私そろそろ帰らないと――」
「そうだな、暗くなってきたし」
「その前にもう一点だけ。――駿河東香さんって、わかります?」
「駿河かー…ハスターの子?」
「はい、その子です」
「今は『銀庭学園中等部』に通っているらしい」
「それってどこにありますか?」
「朝葉原にあるよ?」
ちょうどよかった。ここに来る前、朝葉原に拠点を移すと聞いたばかりだった。
「ならよかったです!」
「もしかして、朝葉原にまた来るのか?」
「その予定です。…くれぐれも私の正体は秘密で!」
「わかった、秘密だね!」
「…了承した。また来るといい」
「では、また!」
駿河、銀庭学園にいるのか。――待ってろ、必ず糸口を掴んでやる。




