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×1 十二時半の魔物  作者: 有栖川優悟
5/8

*伍

おうぎ

 中学生になった私。静岡での生活を始めて一〇ヶ月の月日が経った。

「今日の任務なのだが、基本的には扇だけで当たってもらう。菊里としきみは潜伏して、扇が戦いがたくなったら加わる、といったところだな」

「なぜですか?」

「今日の標的が、扇の元・父親だからだ。今は身体をサイボーグ化させているらしい」

 元・父親――元、というかあんな俗物ぞくぶつは私の父親ではない。“嫌い”とか“憎い”とかではなく、最早他人と言ってもそう変わらない。母親もそうだ。親は多分私を愛してはくれなかった。期待ばかりかけて、期待にそぐわなければ期待通りの結果を出すまで褒めてくれない。そんな奴らだった。

 愛される方法なんて知らない。

 正確に言うならば、愛される方法のうち自分にできる方法を知らないのだ。知ってはいるが、何も持たない私にはできない。結局、大人なんてそんなものだ。「皆違って、皆いい」とか言うくせに、認めてもらえるのは常に他の誰かであって、自分ではない。

「人は人、自分は自分」などというのは結局のところ「貴方は貴方なのだから、他の誰かのように愛されなくて当然」というメタファーであり、単なる現実逃避の言い訳に過ぎない。愛されるまでの価値を手に入れることは、そんな簡単に放棄ほうきしていいものではない。他の人を何人も何人も踏み台にして、時に他の誰かの代わりになってでも、手に入れなければならないものなのだ。

 だからこそ、私はそんな親が許せず、見限るしかないという結論に到達した。

朝葉原ともはばらへの移動は、しきみと菊里も一緒にな」

「はーい」

「まず静岡駅から東海道・山陽さんよう新幹線の東京行とうきょうゆきに乗って東京駅に向かってください。そこで四番ホームに行き、山手線やまのてせんの上野・池袋方面、つまり内回りに乗れば朝葉原駅に着きます」

躊躇ちゅうちょは、してないな?」

「するわけないでしょう。異形に対して躊躇する必要がどこにあるんですか?ましてや今回の標的は、もう見限った親ですよ?」

「それならいい。…では、任務スタートだ。行ってこい!」



***



 東京、朝葉原。かつては『秋葉原あきはばら』の名で呼ばれた、世界有数の電気街にして世界的な観光地である。

「どこの家に住んでたのか、覚えてる?」

「薄ぼんやりだけど、この辺だろうなあというのは見当ついてるよ」

「私が見つけ出したっていいんだよ?私には神通力じんつうりきがあるんだからね」

 エクスカリバーは――能前のうまえ菊里くくり妖狐ようこ、つまりキツネの妖怪である。

「ありがと、菊里。何でも当てることができるなら、任せていいかな?」

「もちろんさ!」

「私の父親、確かこの辺のアパートに住んでた気がするんだけど、引っ越したのかな?」

「調べてみる。…名前はなんていうんだい?」

加藤かとう智也ともや、だった気がする。ちなみに母は加藤ひろみ」

「カトウトモヤ、ね…了解」

 ぽうっ、と青い火が灯り、それを菊里はアパートに向けて飛ばす。

「この火の玉について行けば、たどり着くから」

「待ってるからねー」

「…わかった」

 菊里の火の玉を頼りに、裏路地を走る。

(よし、誰も見ていない!)

 “ミセリコルデ”を上に放り投げて――言うなれば“戦闘せんとうモード”に入り、落ちてきた銃を受け取る。普段の数倍動けるようになった私は、そのまま無心で火の玉を追うように、屋根の上を飛んでゆく。

(…あれ?)

 火の玉の輝きが強く、激しくなる。ここだ、とでも言うように、私が以前住んでいたアパートを照らし出していた。確か、私達が住んでいたのは二〇三号室だった気がする。

 パリン、という嫌な――硬質な音を立てながら、窓硝子まどガラスに歪な穴が開いた。足元に散らばる無数の破片は、たった数秒程前まで二〇三号室の鉄の窓枠にめ込まれていた板硝子の成れの果てであった。

(…痛い)

 先程、硝子に当たった手が痛む。手袋をしていたとはいえ、それ以外の何の防具も着けずに――ほぼ素手の状態で硝子を割ったのだから、痛いに決まっている。

 けれどそんな痛みは気にせずに窓のロックを解除して、かつて自分の家だった建物に忍び込む。

 ただいま、なんて言わない。こんなところ――誰かの欲望を満たす為だけの場所なんか、二度と帰ってくるものか。

 帰ってきた訳じゃない。――決別しに来たのだ。

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