*肆
▼パトリシア
私は自他共に認める戦闘狂である。強い相手と戦うことは何よりも楽しいと思うし、“通り魔”も、映像を見ていてただ強そうだったから、戦ったら面白そうだと、戦ってみたいと思っただけである。紗江と違い、別に人間に恨みがあるわけでも殺戮が好きなわけでもない。私は強い人を見かけたらいつもこうなる。それが一回映像で見たっきりの人だとしても関係はない。
それが――それこそが私だ。
この異形社会の中でも“はぐれ者”である私達が集うレストラン『九十九堂 朝葉原店』。以前は現世をワゴンで転々としていたが、五十年ほど前に異形の存在がポピュラーなものになってからは、このまま朝葉原に留まり続けている。
「アイツ、本当に無能力者なのかなあ…………」
無能力者――要するに「何の能力も持たない普通の人間」のことだ。百年前はその方が多かったらしいが、今は普通の人間自体が珍しくなっている。
「その物言いからして、“通り魔”の事か?」
声から察するに真那だろう…が、いつの間に私の後ろに居たのだろうか。
「…そうだ、アイツの事だ」
「本当に貴方は“通り魔”の事が気になるのね」
「そうだけど…って、なんで花子まで居るんだよ!」
川谷花子。白いワイシャツを着て赤い吊りスカートを履いた黒いショートヘアの少女、人呼んで「トイレの花子さん」だ。誰もいないはずの学校のトイレで、ある方法で呼びかけると返事を返すらしい。
「さっきからずっと居たわよ。気づいてなかったの?」
「いや全然…さすが“トイレの花子さん”だな」
「気配を消し慣れすぎてしまっていたわ…」
「何年“トイレの花子さん”やってんだよ!」
「少なくとも私よりは後輩だな」
花子は少女の姿をしてはいるが、こう見えて百年以上は生きているらしい。異形の成長は種族により差はあるもの大抵は人間と比べて遅く、長生きしやすいが老いることは基本的にはない。紫ババアなどは例外である。
「私か?少なくとも二千年は生きている」
「メリーは私と同じくらい、“メリーさん”をしているわ。猿夢も、平成の時点では居たわね」
真那達は…両面宿儺は仁徳天皇の時代から生きており、その存在は日本書紀にも載っている…らしい。――となると、私が知っている異形で私と同い年なのは、八尺様の末裔である礼麻と、テケテケの紗江ぐらいのものだ。
「そうか…ってか、伝えなくていいのか?礼麻に」
「ああ、“通り魔”のこと?」
「伝える必要はあるまい。礼麻なら、おそらく知っているだろうし」
「…この異形社会が覆る日も、いつかは来そうね」
***
RRRRRR…RRRRRR…
「はい、もしもし私メリー!今、『九十九堂』に居るの!要件なあに?」
この『九十九堂 朝葉原店』はお化け屋敷をテーマとしたコンセプトカフェ・レストランチェーンだ。当然というべきか、通う客も異形が多い。
コンセプトがお化け屋敷のためか制服に着替えることもなく、花子やテケテケは普段の私服のまま接客している。
「ねえ、アクサラさん」
庄司未緒。『九十九堂』の常連客の一人で、旧鼠の血を引く少女だ。
「…ん?」
「あのー、猿夢さんは?」
「猿夢か?あいつなら倒されて、もういないぞ?」
「寂しくないのですか?」
「別に?人手が一人減って、その分の打撃は受けてるけど、それだけだ」
私達は「友達」でもなければ「仲間」でもない。たまたま利害が一致しているから共に行動しているだけで、それ以上の感情はない。誰かがまた別の誰かに傷つけられるなんて当たり前のことで、そうでもしないと生き残ることはできない。だから仲間意識はほとんどない。失って辛くなるのならば最初から友達など持たなければ良い、それだけなのだ。
「ああそうだ、“通り魔”って知ってるか?」
「…わかりません」
「そいつを今探しているんだけどな、知らないなら仕方ないか」
「どんな人なんですか?」
「なんか凄え強い奴らしい。無能力者らしいんだけどな…」
あえて猿夢を殺したのが“通り魔”であることを隠して話す。知ってしまえば、無関係な未緒を巻き込むことになりかねないからだ。
「そうなんですね。何か聞いたらまた報告しますね!」
「ああ、またな!」
からん、とドアが開き未緒が出て行く。
――必ず、見つけ出してやる。見つけ出した暁には、絶対に戦ってやるんだ。