美食家の案内
作りたてのシチューと焼いたパン、キャベツと人参の千切りにトマトとキュウリをのせたサラダ、冷蔵庫には久しぶりに作ったデザートのプリン。
泊まってくれる彼女。
笑顔で作りたての料理を並べている僕に、彼女は言った。
「明日は私の好きな外食巡りに付き合ってほしいの」
平日の昼は弁当、週末は泊まって僕の家で食べる彼女は食費を渡したいと言っていたことがある。高校大学は節約を考えて自炊をしていたけれど、自分で働くようになってからは節約よりも単純に外で食べる当たり外れがあるから料理を自分で作っていた。だから、多少食費が増えても構わない、気にしないでくれと彼女に答えた。それでも酒や珍しい食材を持って泊まりにくるのだから、むしろ彼女の方が食費に金をかけているだろう。
「僕の料理に飽きた?」
冗談まじりに聞けば眉を吊り上げて怒ったようだ。
「ばっちり胃袋掴まれてるわよ!そうじゃなくて、アナタにだけ食事の負担を強いてるように思えたし、たまには私の趣味に付き合ってもらって食べるだけってのを考えたの」
思わず吹き出せばちょっと恥ずかしそうに理由を話してくれた。どうも彼女のお母さんはほぼ毎日家族のために美味しい料理を作っていて、普段は黙々と食べる彼女のお父さんが月に一度丸一日、お母さんを休ませる為に外食に連れ出すらしい。小さい頃は家族での外食が楽しみなだけだったけれど、彼女はそれが労いだと気付いたのだそうだ。
「だから、アナタを労って一日ゆっくり過ごしたいと思ったのよ」
ポツリとこぼす彼女の心遣いが嬉しい。
「じゃあ、明日はデートだね。エスコートよろしく」
満足そうに微笑んだ彼女のお腹が満たされるまで食べたシチューは翌日に残らなかったけれど、まあ、それも幸せだ。
「まずは、ここでモーニングね」
ふわふわと風になびく柔らかなスカートに刺繍が入ったブラウスとカーディガン、後ろをバレッタでとめた彼女は素顔に近いほんのり薄化粧で屈託なく笑った。パリッとしたスーツ姿の方が見る回数ははるかに多い。でも、休日を共に過ごして肩の力を抜いた服や表情を見せてくれる事が僕を身の内へ入れてくれた証拠だろう。
連れてきてくれたのはパンケーキとモーニングが噂のカフェだ。
種類の多いコーヒーや紅茶、パンケーキを目当てに老若男女が並ぶそうだ。開店間もないためそれ程時間をかけず席に案内された。
「キミのオススメに任せるよ」
なんでも食べる僕の嗜好を知っている彼女ならこの時間やこのカフェの1番美味しい物を注文してくれるはずだ。
意図を理解したと笑った彼女はサラッとメニューに目を通してすぐに店員を呼んだ。
「ふぅ…ごちそうさま。って、本当にごちそうになっていいのかな?」
「もちろん!今日のデートは私からの普段のお礼だもの!」
厚みはあるけれどとても柔らかなパンケーキにスクランブルエッグ、サラダとコンソメスープ、ベリーのジャムやお店自慢のコーヒーを堪能して会計を…と席を立つと彼女がさらっと支払いをして、そのまま腕を組んで外に出た。
男が出すもの、という意識を持っている訳じゃないが彼女の前では格好をつけたい。しかし、彼女も男前、と思えるほどしっかりした人だから会計の際に揉めるのは嫌だろう。
「じゃあ次のデートは僕が色々おすすめをエスコートするね?」
引き際を間違えると彼女と食べるご飯が味気なくなってしまう、と知ったのは付き合い始めてすぐだった。
我慢は良くないから喧嘩もするけれど、お互いの意志も尊重できなければ、という約束をした。それから、彼女から腕を組んだり手を握ったり、という接触が増えて休日は特に甘えてくれるようになった。
「本当?アナタのこと、もっと知りたいもの!アナタの好きなものがいっぱいのデート、楽しみにしてるわ」
口角を上げて、いつもはきりりと上がっている目元を緩めて、笑ってくれる彼女。
彼女のおすすめの美味しいもの、好きなものを堪能する、そんな1日の朝。改めて、幸せだな、なんて思ったんだ。
嫉妬の後のデートのお話。
最近はきのこと鶏肉のスープ煮がマイブーム。