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その日どこの日あそこの日 〜SSまとめ〜

作者: 一齣 其日

朝というのは忙しいもので、遅刻しそうな娘は慌ててスカートを履き、息子はのんびり玉子をかけたご飯に醤油を垂らす。嫁は相変わらず子供達に急げと叱咤の連続。もう少し静かにしてくれないかと思いつつ、私は牛乳を啜る。

今となってはこの風景が喉から手が出るほど愛おしい。


廃墟の手紙

丘の上の廃墟に、未だ誰にも読まれない葉書があった。朽ち果て、カビの生えた本棚に、放って置かれたその葉書。そこに書かれているのは一体なんなのだろう。それは読まなければわからないのだ。しかしそれを読む者は今も現れない。それでも葉書はそこにあるしかない。


燃え上がったのは

それは冬の出来事だった。子供の頃作った秘密基地、気まぐれ程度に立てた日本の国旗、それが何かの拍子に燃え上がったのは。俺たちの秘密基地が灰になって天に昇る。これほど悔しかったことはなかったさ。縋って泣いて、残ったのは焼け野原。

これが俺の少年時代の終わり。


卵は生まれない

卵は生まれない。既に腐って少しでも触れば途端に崩れてしまう。親鳥はそれはもう無いものという様子で、成長した雛どもを連れて翼を広げた。

影は地平線の彼方に消えていく。卵は取り残されたまま、徐々に風化していくのだろう。

生まれない命というのは、そういうものだ。


炭の料理

「これ……なんだ?」

指差したのは黒焦げの料理。原型が何かはわからない。

「ピーマンと肉の、炒め物?」

疑問符をつけながら彼女は言う。不服ながら食べてはみるが炭と鉄の味しかしない。彼女もその料理から目を逸らす。まさかのメシマズ彼女に俺は落胆するほかなかった。


二人ぼっち

「にーたんにーたん、これおいしーねえ」

ドーナツを頬張りながら、妹は言う。舌ったらずの言葉は可愛いもんだけれど、十六歳ということを考えるとやはり辛い。

妹は知能に障害がある。家族はたったそれだけでバラバラになった、糸が千切れるようにあっけなく。

今は僕と妹だけ、たった二人ぼっち。頼る人はもういない。


あてにならん

マスクをすると集中力が上がるということを聞いたので、試しに付けながら漫画の原稿を描いてみた。が、全く集中できない。どころか窓の外にいる呑気な猫の欠伸につられる始末。やはり弟情報はあてにならなかった。

なんてことを言っても締め切りは今夜なので作業は続くのだが。


捨てたもの

銃の練習をしていた。的には一発も当たらなくって、当たる気もしなくて。才能なんてこれぽっちも無いのはわかってる。そんな豆腐メンタルのせいでこのまま続けても仕方がないように思えた。だから僕は銃を投げ捨てる。これまで積むつもりの無かったものを全て崩したような気がした。



バナナ食べて思う

高価だった昔のバナナ、今じゃ安く食べられるものになった。だから私は夜食にバナナを食べる。口に入れると甘さが広がる。何度も経験した味なのに、未だ美味しいと感じる。考えてみれば文化というのは随分変わったものだ。変わらなければ、私はこうしてバナナを食うこともない。



食欲の秋

午後3時、窓から陽の光が部屋の中を照らしている。机にはケーキ、焼き芋、ポテチ……お菓子類が並んでいる。

「食欲の秋」

それをこのお菓子たちは体現していた。私は手を伸ばす。そのお菓子を掴み、口の中に放り込むため。例え太ろうが構わない。欲望に従うのみ。



弟の服

衣替えの時期になって、様々な服を入れ替える。そんな中でふと出てきたのは、遠いシベリアの地で命を落とした弟の服だった。聞けば、寒さで凍える中でも、その体を痛めつけて働いていたそうで。それを思うと、瞼から大粒の涙が溢れる。

姉なのに、私は弟に何もできなかったと。



味無し

昨日の嫁は今日の他人、とでも言おうか。

妻と離婚した翌日、俺はがらんとした部屋で一人、夕飯を食べていた。キャベツ料理しか作れない俺は、せめて派手ななりの料理で一人であることを誤魔化そうとした。しかしそんなことはできるがわけなかった。

手製のキャベツ料理に、一切の味は無い。



火柱

あばら家は豆腐のように呆気なく崩れた。築百二十年、柱の隅から隅まで物語が染みついたそれに、私は火を投げ入れた。天まで届きそうな勢いで、火柱は立ち上がる。

私は手をかざし、温める。

それは、手向けだった。最期の最後まで私たちと共にいた、この家に対しての。


振り返った先

言わなきゃわからないのに、言ってくれないから私は行く。

一人歩く線路際、電車はもう来ない。

追いかけてくる足音も聞こえなくて、しんと静まる夜の2時。

も一度振り返ってみようか、も一度期待してみようか。

どうせ無駄だろう、無意味だろう。

でも私は振り返る。


貴方がそこにいてくれますように。



小さい背中

迷子にはならないようにと、手を引く彼女の背中は少し小さい。

それだというのにころころと、様々に動く様は見ていて飽きないものがある。

クスッと笑うと、彼女は変な目で僕を見た。

面白いから仕方がない。



歩き出す

広がる世界は随分ちっぽけで、目の前にいる獣はひどく大きかった。その爪に身震いし、その歯に恐怖を覚える。

それでもやらなければならないのだろう。

固く握り締めたレバーを、腹を括って前に押し出す。地響きがたち、静かにこいつは歩き出した。

ロボット対怪獣。空想の産物の様な戦いが、今。


しょうがない二人の夜

喧嘩ばかりして、体に広がるのは痣ばかり。

多分これは汚点だろう。

触ればずきりと痛む、黒い歴史。


「酷いねえ、本当に」


悪友はそんな俺を嘲るが、ところがどっこいお前も痣だらけだろうが。


「人のことを言っちゃあいけねえよ」

「僕は自分のことは棚にあげるのでね」


しょうがない二人の夜。


嫁の甘やかし方

猫みたい、だとは思わないでもない。首元をくりっと撫でれば、甘い鳴き声をあげてにゅいっと腕を俺の体に回してくる。彼女を甘やかすにはこれが一番いい。

可愛いなぁ。

そんなことを考える自分が、途端に恥ずかしくなる。柄にもないことだ、本当に。それでも嫁の首を撫でるのをやめるつもりはない。


名残惜しい

ああ、この木切られたんだ。

ずっと通りがかっていた小道、そこに立っていた木があった筈の場所を見下ろす。

一つ見慣れたものが無くなるとぽっかりと隙間風が吹くようで、寂しくなった。

マフラーに顔を埋めて、嘆息する。

いつか見た風景が二度と見られなくなるのは、どこか名残惜しい。

全くだね。


彼女は色に囚われてる

彼女は色素の世界に囚われている。地味な髪を絵の具で塗りたくり、自らの全身を筆にして身の回り全てに絵を描く。光のささない部屋に広がる虹色のコントラバスが、彼女の生きている証だった。

「ねえ、外よりも私の世界の方が綺麗でしょ?」

笑顔で振り返る。心底幸せそうで、すこぶる孤独であった。


もぐら

ぬっと首を出して空を見上げた。途端に目が焼けそうになって地中に帰る。

ああだめだ、ああだめだ、僕は外には出れないみたいだ。

何度も試してようやくわかる。自分は土の中に慣れてしまったのだと。光が身を滅ぼすことを。

けれどももぐらは、も一度顔を出す。めげても諦めやしないらしい。


あの時の私は


もしも魔法が使えたら、なんて思った人はたくさんいるだろうか。

私も確かに魔法が使えたらって思ったことはあった。どうしようもなく、何かにすがるかのように。

けれど現実は残酷だ、そんな願いも吹き飛ばしてしまう。

その時の私は、ただ彼と一緒に泣くしかできない、無力な女の子だった。


クレヨン


色を塗れば塗るほどそれはだんだん小さくなって、今見ればもうどの色も短くなっていた。

絵を描くのが好きだった。

その記憶を呼び覚ますのに、それは十分すぎた。

クレヨンが短くなるほど、無我夢中に描いていたんだ。今は絵を描くのが胸が締め付けられるほどに苦しいのに。

昔の私が羨ましいな。


君の体温


抱き寄せた君の体は、冷たい私の体を溶かすには十分だった。君は戸惑わずに私の腰に手をまわす。ぎゅっと締め付けられて、さらに君の体温を体に感じる。少しずつ頭がぼおっとしてくるけど、それすらもう私にとっては快楽の域。これでようやく私は逝ける。

さよなら、愛しい人よ。

「さよなら、雪女」

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