静かなダンジョン
俺の名前はマック。職業は冒険者をやっていて、ランクはDランクだ。この辺の地域のモンスターではもう倒せない奴はいないと自負している。
今回俺が拠点としているデュノアの街の領主が、このイーレ村にダンジョンマスターが現れダンジョンを作ったから攻略しに行くって事で依頼を出してきた。報酬が段違いに高かったから飛び付いてきたんだが、こりゃ危険な匂いがプンプンしてやがるぜ……
俺がダンジョンに足を踏み入れて感じたのは、まず普通のダンジョンと違い、部屋がなく狭い通路が続いているって事だ。通路は小さい子供は別だが、冒険者を稼業にしているような男達に取っては2人で通るのがやっとって感じだ。こんな狭い通路に魔物なんか来てみろ、剣も満足に振れやしないし、列になって歩いているから後ろの奴は何にもできやしないだろう。まぁ後ろの領主にとっちゃ安全だろうけどな。
こんな危機的状況なのに、俺の横を歩いている冒険者はこの状況に気付かず、呑気に鼻歌なんか歌いながら歩いてやがる。ムカつくな、殴ってやろうか。俺だけ気を張ってるのがバカらしいじゃないか。
次に、このダンジョンやたらと静かなんだよな……通常のダンジョンならば、魔物やそこに住み着いているコウモリやネズミ等の鳴き声足音が聞こえてくるのが普通なのになんの音もしやしねぇ……そのせいで俺の横を歩いている冒険者の鼻歌がこのダンジョンに響き渡ってるじゃねぇか、ほんとこいつ殴りたいわ。殴って良いよな?
俺がイライラしながら歩いていると、後ろの列の冒険者が鼻歌を歌ってる冒険者へ声をかけてきた。
「おい、お前!!」
「あん?なんか用か?」
よしっ、良いぞ!鼻歌を注意するんだな?頼むぞ!
「お前の歌ってるその鼻歌!それなんて歌だっけ?」
違うだろぉぉぉぉぉ!!!!お前が気になってたのそっちかよ!
「この曲か?俺も忘れちまったんだよ。メロディーは何となく頭に残ってるんだけどな」
「俺もそのメロディー聞いた事あるな」
最前列の奴まで話に乗っかってきて、ワイワイとみんなが喋っていると、ようやく領主が口を挟んできた。
「おい、お主ら何を騒いでいるのでおじゃる?」
「い、いえ。領主様が気になされる程の事では……」
「よい、許すから言うてみるのでおじゃる」
「この鼻歌がですね……」
さすがに領主様ならキレるだろ!ダンジョン攻略しに来てるのに、そのダンジョンで呑気に鼻歌トークとか……
「ふむ……それ麿も聞いた事あるのでおじゃる。みんながメロディーを知っておるとい事は有名な歌かもしれんのう?」
「お前もその話続けるんかいぃぃぃ!!!」
「む?何をお主は怒っておるのじゃ?それに、今のは麿に申したのか?」
はっ、しまった。思わず全力で突っ込んでしまった。領主にあんな言葉遣いはまずい!?
「も、申し訳ありません領主様……」
「ラシェール様、彼を責めるのはお門違いというやつでさぁ」
「む、弟のピエトロか?どういう事でおじゃる?説明するでおじゃる」
どうやらマルクス兄弟の弟のピエトロ・マルクスが助けに入ってくれたらしい。良かった……この状況が分かってる奴がちゃんといたんだな……バカばっかりかと思った……
「彼はこのダンジョンが普通じゃないという事に気付き、警戒していたのでしょう」
「そうなのでおじゃる?しかしこのダンジョンは普通じゃないのでおじゃるか?麿はダンジョンに入るのは今回が初めてなので分からないのでおじゃるが、魔物も出ぬし楽に感じるがのう……」
「まず、そこからしてもおかしいんでさぁ。通常のダンジョンならば、上の方の階層であってもゴブリンやらスライムやら弱い魔物が普通出て来るんでさぁ。それがここのダンジョンとくらぁ、魔物が1匹も出る気配がないうえに、他のコウモリとか生き物の気配が全くないんでさぁ」
「そうなのでおじゃるか。だが、魔物が出ないなら楽で良いのではないかの?ダンジョンを作ってから、麿達がここまで来るのが早くて時間がなかったとかではないのでおじゃる?」
「まぁ、このまま何もないならないで楽で良いですがね。だが何にもないダンジョンに人を入れるってのは、ダンジョンコア的にはありえないと思うんでさぁ。魔物がないなら罠って可能性もありやすがね。通路がこの狭さってのも何らかの意図がありそうですしねぇ」
うぉぉ!?俺が思ってた事全部言ってくれたぜ。
「……さすがピエトロ」
俺とピエトロさん以外が驚いてたんだけど、マルクス兄弟の兄の方も分かってなかったのか。表情か全然変わらんから分かりずらいな。
とにかく、ピエトロさんの言葉を受けて鼻歌トークをしていた時が嘘の様に緊迫感を伴って通路を歩くようになった。
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「マスター、そろそろ冒険者達が何にもないゾーンを終えて、罠ゾーンへ入ってくるでありますよ」
「おっ、やっとそこまで来たのか!鼻歌の話で立ち止まった時は楽勝かと思ったけど、それ以降はこっちの意図に気付いて必要以上に注意しながら歩きだしたから、思ったよりも時間かかったな」
「そうでありますな。今の状態だと罠に気付くでありますかな?」
「気付くかもな。まぁ、あれだけたくさん罠を仕掛けたんだから、全部回避するってのは無理だろう。問題は例の奴に気付くかどうかだな。あれさえ気付かなければ問題ないよ。それより、今下の階層の様子はどうなってる?」
「まだ準備は整ってないでありますが、順調にいってそうであります。マスターの考えた通りにいきそうでありますが、やはり問題は時間でありますな」
「あぁ、この階層をさっさと抜けられたら終わりだからな。だが逆に、この階層で時間を稼げるならばすげぇ事が起こるぞ?」
「マスター、正直言いましてクロは最後まで気付かれないような気がしているであります」
「そっかぁ、俺も自信はあるけどな?だがこの世界は魔法もあるからな。どうなるかはやってみるまで分からんよ。あ、お茶のおかわりちょうだい」
「シロはおせんべいもっとたべたいな!」
「はいはい、ご飯前でありますからおせんべいはほどほどにしておくでありますよ?」
「うん、クロちゃんありがとー!」
あぁ、攻められてるのに緊張感ないわ……
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あれから10分程歩いただろうか……未だに何か変化が起きる様子はない。
あまりにも変化が起こらない為に、回りの冒険者達は緊張感がなくなってきている。横の奴とか.欠伸してやがるぞ……もうそろそろ殴って良いよな?
また横の奴にイライラしていると、カチッとスイッチを押したような音が鳴り響く。
「おいっ、止まれ!今の音はなんだ?誰か心当たりある奴はいるか?」
ピエトロさんがそう全員に声をかけると、恐る恐る手を上げる奴が1名……俺の隣の冒険者だった。
またお前かよ!?わざとなの?俺を苛立たせるプロだな、お前。
今度こそ殴ってやるって手を握り締めると、ゴゴゴゴというような地響きが鳴り響く。
「おいっ、この音……不味くないか…?」
「この音、どんどん近付いて来てないか?」
ゴゴゴゴという地響きが。どんどんと近付いてくる。
何が近付いてるんだ……?それに音が近付いてるのは分かるが、鳴り響いてるせいか前と後ろのどちらから近付いてきてるか分からねぇよ。
俺達が戸惑っていると、ピエトロさんが大きな声で全員へ指示を出した。
「後ろは俺っち達が見張るからよ!前はお前ら前衛が見張れ!何かあったら大きな声でこっちに知らせてこい!分かったかぁ!」
「「おぉぉ!!」」
ピエトロさんカッコいい!!的確な指示憧れる!
「あっ、やべ。お前らそのまま全力で走れぇぇぇ!でっけぇ玉が転がって来やがったぁぁ!!」
「「ぎゃぁぁぁぁ」」
こうして俺達の平和だったダンジョン攻略が終わりを告げ、ダンジョンの奥地へと向かわなくてはならなくなったのであった。
全力疾走でな。