お互いの準備期間
イーレ村の宿屋、そこにデュノアの領主であるラシェール率いる冒険者達がやって来ていた。
「おい、そこの村人!まだダンジョンマスターとやらは戻って来ないのでおじゃるか?そろそろ麿は限界でおじゃるよ?」
「ラシェール様、まだ先程からほとんど時間が経っておりません。まだ宿屋に移動してお座りになられたとこですし、少しお休みいただいたらどうでしょう」
「そうかの?ではそうするとしようかの。誰か麿の足を揉んではくれんか?ここに来るまでに足が疲れてしまったのでおじゃる」
先程まで怒っていたかラシェールだが、疲れているのを思い出したらしく村人の提案にすぐ乗り、足を揉むように頼んでくる。
「畏まりましたずら。村1番のあん摩師を呼んでくるので、ちょっと待っててくれずら」
「早く頼むでおじゃるよ?麿は早くダンジョンに行きたいのでおじゃる」
「分かっているずら。ではちょっと行ってくるずら」
「おい、俺らは腹が減ったぞ。なんか食えるもんないのか?」
「どんな物を食べたいずら?やっぱり冒険者なら肉ずらか?」
「あぁ、ダンジョンに行くんだから肉が食えるにこしたことはないな。それ以外でもスタミナが付きそうな物なら何でもいいぞ」
「じゃあこの村の名物料理である、火豚の丸焼きとイーレ村の近くで採れる物を使ったシチューを振る舞うずら」
「おぉー、いーねいーね!あと、金は領主から貰ってくれよ?俺らあんま持ってねーからよ。あと、あの大きい人すげぇ食いそうだから量多めに頼むな!」
「了解ずら。では手分けして準備するから待ってるずらよ」
30分後
「んほぉぉーーー!!そこ!そこらめ!!らめぇぇぇ!!」
「ラシェール様、紛らわしい声を出しちゃいやだっぺ。ただのあんまだべ?あんまり変な声出すようならもう止めるべ?」
「ら、らめぇぇぇ!!やめるなでおじゃるぅぅ!!金を多めに出すからやめるなでおじゃあ」
「だから、変な声出すから止めるって言ってるべ。もう終了だべ」
「お願い、焦らさないでたもぉぉぉ!!早くしてたもぉぉ!!」
「はぁ、仕方ないべ……」
あんまを満喫しまくるラシェールがそこにはいた。
一方では
「お待たせずら。火豚の丸焼きとシチュー持ってきたずら」
「「「待ってましたぁぁぁーー!!!」」」
豚を丸々大きな皿に乗せるという豪快な料理と、シチューの入った大きな鍋が運ばれて来ると、冒険者達の歓声が部屋に響き渡った。
火豚とは、このイーレ村の近くに生息する豚なのだが、見た目は少し赤いだけの豚である。しかし、最大の特徴はその味にある。その肉を食べると火がでるように辛いのだ。もちろん調味料など何も使わない状態でだ。しかも、その辛味が癖になる。豚という事で食べれない部位がなく、この辺りの地域では人気のある食材の1つである。
そして、シチューにはこのイーレ村で取れた新鮮な野菜と、このイーレ村で育てられた地鶏であるイーレ鶏がふんだんに使われている。
「「な、なんだこれは!?美味すぎる!!」」
「この豚、スッゲェ辛いのに肉の甘みも持ってやがる!ダメだ、箸が止まらねぇ」
「こっちのシチューも美味いぞ!?野菜がゴロゴロと大きくて、鶏もスッゴいジューシーだ!」
「うおぉ、美味すぎて涙が止まらねぇ!!」
あまりの美味しさに冒険者達が驚き、泣きながら食べる者まで現れたが。マルクス兄弟の兄である、キース・マルクスに関しては感想の一言も発せずに黙々と食べていた……シチューの鍋を丸々と。
「誰か鍋を奪い返せぇぇ!!全部食われるぞぉぉ!?」
ダンジョンへ入る前に、食事という名の戦闘が行われていた。
1時間後
「も、もうらめなのじゃ……一眠りするからちょっとしたら起こしてでおじゃる」
「もう食えねぇ……」
村人達の時間稼ぎは物の見事に成功していた。
3時間後
「はっ、もう夜になってるでおじゃ!?起こせって言ったであろ?村長よ、早くダンジョンへ案内せい!うおらんとは言わせんぞ」
「了解したずら。体はもう大丈夫ずら?」
「あぁ、絶好調でおじゃる!すぐに行くでおじゃる!」
こうしてようやくダンジョンに向かう事になったのだった。
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準備に取り掛かってから、そろそろタイムリミットの3時間が経とうとしていた。
時計がないので具体的な時間は分からないのだが、村人が引き延ばすのが難しくなってきたのでそろそろダンジョンへ冒険達が入れる様に準備してほしいと報告に来たからそれくらいの時間が経ったのだろう。
だが結果的に言おう、まだ完成などしていない!!
むしろ、完成するのかよく分からない。
具体的に言うとだな、俺が考えた作戦というかダンジョンの構造?は残っていたポイントをフル活用する事によって完成していた。
えぇ、貯まっていたポイント全部使っちゃいましたよ。すっからかんになっちゃった。
だけど、そのポイントを使って作った物だけでは撃退とはいかなさそうであり、仕掛けが完成して冒険者達を撃退する為には運も絡んでくる。
つまり、賭けだ。その賭けが全て予想通りに事が進めば冒険者達を撃退できるとは思う。たぶんな。
もちろん作戦を見破られないようにできたという自信はある。しかし、冒険者達がどのような手に出て来るか分からないからどうしても不安だ。
だが、そんな事を今更言っていても仕方ない。もうなるようにしかならないしな。
突如、部屋に警報が鳴り響く。
「マスター、冒険者達がダンジョンに進入してきたようです。人数は18人と少し多いですね。ホームへ戻り、ダンジョンの様子をみんなで見に行こうであります」
「18人ってなると、奴隷も含めて全員連れて来たって事か?あんなに痩せ細った子供の奴隷なんてダンジョンじゃ邪魔にしかならないんじゃないか?」
そんな疑問を持ちながらホームへみんなで戻る。
「ダンジョンの中の様子ってどうやって見るんだ?」
「前にマスターがてれびって言ってたステータスを見る道具でありますが、本来の使い方はダンジョンへ進入してきた冒険者の様子を見る為の物なのでありますよ」
ライブ中継を見れるってのは良いな!何にも考えてなかったけど、今回の作戦だと相手の様子を確認する事って重要だもんなぁ。
ちゃぶ台を囲み、冒険者達の様子を見ると入口を少し入ったところだった。
さぁ、始めての防衛戦だ。 ドキドキするけど、仕掛けがどのように作用するか楽しみでもあるな。
「あ、クロお茶入れてくれる?あとお茶菓子も何かある?」
「くろちゃん、しろにもちょうだい!!」
「マスター達は意外と大物でありますなぁ……お茶菓子はせんべいで良いでありますか?」
「うん、お茶にせんべいとか最高じゃん。お茶はもちろん熱いのな!!」
こうしてダンジョンに進入した冒険者達を、3人で呑気にお茶を飲みながら観戦するのだった。
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協会の横へと、村人に連れられてラシェールと冒険者達一向はやってきた。
「こんなところにダンジョンの入口を作っていたのでおじゃるか……村長よ、元からできていたのに時間を稼いだりしてないでおじゃるか?」
「そんな事はしてないずら。ラシェール様達も楽しんでいたように思ったずらが……」
「こ、こほん。あんまは確かに良かったでおじゃる。それに免じてなかった事にしてやるでおじゃ」
ラシェールが照れながら村人にそう答えると、村人と入れ替わりにマルクス兄弟の弟であるピエトロ・マルクスがやってきた。
「ラシェール様、こっからはあっし達が指揮を執りやすので後ろに下がってきてもらえますかい?
「うむ、マルクス兄弟よ任せたでおじゃる」
「お任せあれ。野郎ども!ちゃっちゃとダンジョン攻略して、ちゃっちゃと街へ帰んぞぉ!」
「「「おぉー!!!」」」
こうして冒険者10人、マルクス兄弟、痩せ細った子供の奴隷5人、ラシェールの合計18人がダンジョンへ入っていくのだった。