4話
「おお……! おお……!
よくぞ! よくぞ目覚めてくれた!
これで我が王国も安泰だッ!」
「ご、ご心配を掛けてすみません。
でも、僕はもう大丈夫です」
国王は感極まって、目覚めたばかりのアルスに抱きつき、涙を流す。
アルスは戸惑いつつも、黙ってそれを受け入れる。
周囲の人達は、そんな二人の様子を暖かく見守りながら、自分達自身も歓喜に震えていた。
「父上、アルスは病み上がり。
あまり騒がせては……」
「おお、そうだな。
体を休めさせねば。
それでは、ワシはそろそろ行くとしよう」
シルフィリアの忠言に、国王は潔く従う。
以前とは違い、気持ちが和らいでいる為だ。
しかし……
「……そうだ、奴らの処分を決めんとな。
お前を守れもしなかった、役立たずの屑達を」
それは、アルスの護衛を任されていた騎士3人のこと。
国王の心のなかには、どうやらまだ、怒りの火が燻っているらしい。
この3人を処分しないことには、国王の怒りは収まらないだろう。
周囲の空気は、一変して暗いものへ。
それを打ち消そうと、シルフィリアは再び言葉を呈す。
「お待ちください!
処分は今決めずとも、後に協議しまして……」
「いいや、これだけは今決める!
奴らが何の処分も受けずにいることを、わしはもう我慢出来ん!!」
「……申し訳ありません!!
我ら、我らはこの上、生きようなどとは思っておりません!
何卒、何卒、死罪をお命じに……!!」
どこに控えていたのか、それは、護衛を任されていた騎士3人だった。
彼らは身を清め、死装束を纏って参上している。
「……そうか。
お前達もその気なら、喜んで死罪を命じよう!」
「お、お待ちを!
この者達はいずれも……!」
「黙れ! もう決めた――」
「お待ちください!!」
国王とシルフィリアの会話を、何者かが、その叫びによって中断させた。
叫び声がした方に、皆の視線が集中していく。
「僕はこうして無事ですし、気にもしていないので、どうか、寛大なご判断を」
「……アルス? 何故止める!?
この者達のせいでお前は……!」
「……実は、僕が目を覚まさなかった間、僕自身はずっと夢を見てたんです」
「!?」
「その夢の中、薄暗い空間の中で、事故が起こった前後の事を考えていました。
何が悪かったのか。自分が言う事を聞かなかったからなのか。何故僕は、そんな事をしてしまったのか。
その疑問は、僕自身の全ての事に及んで、胸がどんどん苦しくなって……」
誰もが聞き入ってる。
彼の独白は、誰もが一度は考える事。
彼の問いが、自分自身の問いでもある。
「そして、その苦しみに我慢できなくなって、僕は、自分の夢の中からも消えてしまう。
そう思った時に、僕は目を覚ましたんです。
……僕は、あんな思いを二度としたくありません。
ですから、僕が過ちを犯しそうな時は、皆で止めて下さい。
その止めてくれる人達の中には、そこの3人も入っている。
父上が僕のためを思ってくれるなら、どうか、その3人を許して下さい!」
「ア、アルス殿下……!
その思い、その思いこそ重要ですぞ!」
「うむ!
死に触れた事で、お前の中の何かが変わったのだな?
ならば、その者達に数日の謹慎を命じ、此度の仕置は終了とする。
アルスによく例を言うがいい」
「アルス殿下ッ……!
ありがとう、ありがとうございますッ……!!」
「……」
皆が狂喜に踊る中、一人だけ顔を青ざめている者が。
(胸が苦しかったというのは、息苦しかったという事?
夢の中から消えてしまうというのは、死ぬ一歩手前だった……?)
アルスの言動と、数十分前の自分の行動。
シルフィリアはこの2つを照らしあわせ、それがあまりにも合致している事から、自分が原因なのだと確信する。
そのため彼女は、誰にも気付かれていないと分かっていても、指摘される恐怖に震えていた。
「しかし、アルスよ。
お前の話し方が以前とは違うぞ?
大人しくなったというか……」
「はい。実は、今の僕、所々記憶が無いんです。
覚えていたり覚えていなかったり、その基準もどこか曖昧で。
そのせいなのか、自分の事も上から見つめているような……」
「何だと!?
やはり、体を休めさせねば!
私は今度こそ行く。
アルスは、己の体を癒す事に専念せよ!」
国王が供の者に支えられ、この部屋を後にする。
大臣達もそれに続き、最後に残っているのは、顔の青いシルフィリアだけだ。
、
「あ、姉上、どうなされたのですか?」
「あ、ああ、少し考え事をな。
それよりも、体は本当に大丈夫か?
痛かったり、違和感なんかは……」
そう言ってシルフィリアは、アルスに向かって腕を伸ばしていく。
すると、アルスの体が突然跳ね上がり、後退りするような形で、ベッド横の壁へもたれ掛かっていった。
「な……!?」
ベッドの上で行われたその行動は、明らかに自分を避けるもの。
それでシルフィリアが考えたのは、自分が絞め殺そうとした事実にアルスが気付いている可能性。
(しかし、それに気付いていたなら、皆の前で話さなかったのは可怪しい。
まさか、体が記憶している?
無意識にそれを感じ取っているのか?)
「あ、あの~、姉上?」
「! す、済まない。
また考え事をしていた。
で、では、私もそろそろ行く」
シルフィリアは、途中で止めていた自身の腕をまた動かし、アルスの頭に軽く置いた。
この時、アルスの体はまた小さく跳ねるが、彼女はそれを無視して軽く撫でる。
アルスの髪の毛が左右に揺れ、同時に彼の目には、驚愕の色が浮かんでいた。
「よく眠って体を癒やすのだぞ」
そう言い残すと、シルフィアは部屋の外に歩いて行く。
それを見送るアルスは、先ほど撫でられていた頭を左手で触り、残る右手で喉元を触っていた。