2話
「お前達は一体何をしていたのだ!?」
広い室内に酷くしわがれた声と、何かがぶつかる鈍い音が響いた。
それは、三人の騎士に年老いた男が激高し、手に持っていた杖を投げつけた音だ。
この年老いた男は、ノーストリア王国のガイスト王。
彼の怒りの原因は、アルス王子の警護に対する不始末だ。
あの後、王子は城まで搬送され、法術士達の懸命な治療を受けた。
しかし、彼の意識は未だ戻らず、何時戻るかも分からない。
それどころか、眠ったまま死んでしまう可能性だってある。
やっとの思いで授かった跡継ぎがこんなことになってしまい、国王が怒り狂うのも無理はない。
「もし、このままアルスの意識が戻らず、命を落とすような事にでもなれば、貴様達の命も無きものと思え!」
国王の怒気は更に膨らむ。
その様子は、噴火中の活火山のようでもあり、近寄る者全てに害をなすだろう。
それ故に、周囲の家臣達は国王を諌められずにいた。
老齢の国王がその怒りによって、自身の体すら傷つけるとしても。
「お待ちください父上!
確かに、この三人は大きな過ちを犯しました。
相応の罰は受けるべきでしょう。
しかし、処刑は幾ら何でもやり過ぎです。
そのような事をすれば、民心が王国から離れてしまいましょう!」
だが、このような状況でも、自ら進んで国王を諌めようとする者がいた。
そんなことが出来るのは、この国でたった一人の女性だけだ。
彼女の名は、シルフィリア・ノーストリア。
ノーストリア王国第一王女であり、アルス王子の異母姉弟でもある。
「……シルフィリアか。
お前の出る幕ではない」
「いいえ、言わせて頂きます。
そもそも今回は、アルスが護衛の忠告を聞かず、一人になってしまったことが原因。
この者達だけに責任を負わせるのはどうかと」
「それ考慮するのも、護衛の役目ではないのかッ!?
そもそも、未熟なアルスに振り切られようでは、我が国の騎士とは言えぬ!
責任を負わせるなと言うのなら、小奴らを指導していたお前にこそ責任者があのではないか!?
うぐッ……!?」
国王の体が突然揺らぐ。
シルフィリアは慌てて走り寄り、国王の体が地面に倒れ込む前に受け止める。
どうやら、案じていたことが現実となってしまった。
「陛下、これ以上はお体に触ります。
ここは一度お下がりになり、我らにお任せ下さい」
「く、よいか!
お主達はアルスが目覚めるよう、全力を尽くせ!
……シルフィリアめ。
あやつさえ男であれば……!」
「……!」
王は控えていた兵士二人に支えられ、自室へと戻っていく。
その場に残されたのは、シルフィリアと数人の重臣達。
彼女達は、王が去り際に言ったあの言葉を聞いていた。
シルフィリアはそのショックからか、俯いた状態で一歩も動かない。
重臣達は、そんな彼女の身を案じており、ある一人が意を決したように彼女へ近づき、気遣いの言葉を掛けた。
「あの、シリフィリア様。
王も動揺しているのです。
どうか、お気になさらずに……」
「……私は気にしてなどいない。
皆もアルスの事はショックだったろうに、気を使わせてしまってすまない。
私はアルスの様子を見てくる。
皆は、それぞれの仕事に戻ってくれ」
「そ、そうですか。
では、私達は手分けして王子の治療法を探しつつ、通常の政務に戻らせていただきます。
シルフィリア様も、余り根を詰めずご自愛を」
「ああ。分かっているさ」
シリフィリアの回答に一応の安心を得たのか、重臣達はそれ以上踏み込まず、自身の役目に戻っていった。
だが、シルフィリアの心中は自身の発した言葉とは裏腹に、どす黒いものが蔓延り続けている。
「……アルスさえいなければ」