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静かな雨は図書室で  作者: greed green/見鳥望
二章 悪霊払い
9/25

(3)

食事を済まし、すっかり暗くなった夜道を鏡夜は一人散歩していた。

いろいろと変な一日だった。


涼音はなんだか調子が悪かったし、今まで黒シャツという存在でしかなかった神門にはなんだか気に入られてしまったし。

平穏が約束されていた図書室はもう自分にとってはないのかもしれないと思うとため息が漏れた。


それにしても、涼音は何にあんなに怯えていたのだろうか。

涼音が変調をきたしたのは神門が通り過ぎた後の事だ。

彼の事が苦手なのだろうか?

しかし、涼音は自分が図書室に訪れるより前から頻繁に出入りを繰り返しているようだった。

それならば、神門の存在はだいぶ前から知っているはずだ。

彼が恐怖の対象だとすれば、わざわざ図書室に足を運ぶとは考えにくい。

という事は、何か別の理由か。


分からない。

でも、ひょっとすると彼女が成仏出来るヒントがそこにあるのかもしれない。

今度神門に相談してみようか。



そろそろ戻るかと、鏡夜は来た道を引き返し始めた。


こうやって鏡夜はたまに夜の散歩に出掛ける事があった。

何かにつけて一人の時間を作ろうとする事が癖づいてしまっているのかもしれない。

部活に入らず日頃運動をしているわけでもないので、日頃の運動不足の解消といった点もあるが、それは後付けのようなものだ。


鏡夜はどこかで幽霊に遭遇する事を望んでいた。

幼き日に見た、あの左腕。

きっとあれは、今もどこかにいるはずだと。

自分の母親を手にかけたのであれば、いずれ自分の元にも現れるのではないか。

そんな風に考えていた。


しかし、年齢を重ねていくにつれ、自分の考えが現実を超越した馬鹿げた空想に思えてきた。

高校にあがってからは、もはやそんな事はほとんど信じていなかった。

あれは事故だったのだと。


そんな時に、涼音が現れた。

霊はやっぱり存在するのだ。

その事実が、鏡夜を夜へと誘った。


頼りない街灯が暗闇を照らす。

しばらく歩き、鏡夜の右前方に公園が見え始めた。

自宅から数分とない距離にあるこの公園は鏡夜にとって、家が近くなった事を知らせる目印のような役割も果たしていた。



何の気なしに公園の方に目を向けた鏡夜は強烈な違和感を覚えた。

様々な遊具が充実している中で目を惹いたのはブランコだった。


四つ並んだブランコの一番右端。

鏡夜からは後ろ姿でしか確認できないが、一人の男の子らしきものがブランコを漕いでいる。


ぎー、ぎー。


こんな時間に一人で?

鏡夜は公園の方に歩み寄る。

公園は入口部分を除いて、四方が鉄の柵で囲われた形になっている。

柵の外から少年の様子を近くで確認する。

相変わらず少年は同じペースで空を漕ぎ続ける。


鏡夜は思わず息を飲んだ。

違和感の正体に気付いてしまったのだ。そして、それと共に激しく後悔した。

近付くべきではなかったと。


ブランコを漕ぐその足元。通常そこにある2本の足。

そしてそれ以外に真ん中にもう一本、足が生えていた。


三本足のリカちゃん。

確かそんな学校の怪談があった事を思い出した。

女子トイレに潜む三本足の幽霊。

所詮は学校の噂。本当にその存在を見たものなどいないはずだ。


しかし、今自分の目の前に存在しているものは一体なんだ?

幽霊?バケモノ?妖怪?


とにかく、ここを離れないと。

そう思いゆっくりと後ずさりを始める。


しかしその瞬間、ブランコがぴたりと止まった。

まずいと感じ、それに合わせ鏡夜も動きを止める。

三本の足だけがぱたぱたと動いているのがいやに不気味だった。


「遊ぼうよ。」


急に鏡夜の頭の中に幼い声が飛び込んできた。


「ねえ、お兄ちゃん。一緒に遊ぼうよ。」


この声は、目の前の少年のものか。

恐怖故か、鏡夜の歯は無意識にがちがちと音を鳴らしていた。

少年はすっとブランコを降り、器用に三本の足でそのまま後ろ向きで鏡夜の方に近付いてくる。

そして難なく、鉄の柵をすり抜ける。

すぐに二人の距離が腕一本分程にまで詰められていた。


なんだこいつは。なんなんだ。

今まで何度もここを通ってきたが、こんな怖ろしいものを見たことはないし、こんな幽霊が出るだなんて噂すら聞いたこともない。


少年の首がぐるりとこちらを向く。

生気のない真っ白な肌。灰色に濁った眼球。

そして口元から異様なまでに真っ赤な舌がべろんと顔を覗かせている。

完全にこの世のものではない。


「オニイチャンモ、死ンデミヨウヨ。」


スローモーションにした声色をそのままに通常の速度に無理矢理変換されたような機械的な声が鏡夜の頭をかきむしった。


「うわあああああ!!」


恐怖にまかせ持っていたかばんを少年に向かって思い切り振り上げた。

足がすくんで動かない。かろうじて命令に応じた両腕の咄嗟の動きだった。

計算でも攻撃でもない。何の策もなく繰り出された動きが少年の体を通り過ぎていく。


こんなものが通じるわけがない。

しかしその考えとは別に鏡夜の腕は妙な手応えを確かに捉えていた。


見ると、少年の右腕部分が灰のように幾千もの塵上になり、パラパラと空に舞い消失していった。

効いているのか?


その証拠にか、少年の形相は一層激しいものへと変わりもはやその表情は鬼そのものだった。


「オマエ、殺ス。」


少年の口が大きく開かれ、はみ出していた舌が勢いよく鏡夜の体に巻きついていく。

その小さな体にどんな仕組みで収納されているのかも分からないぐらい、どんどんとその長さは増していき、一瞬で全身が縛り付けられてしまった。


ひやりとした感触とねばついた感触が体を覆い、気持ち悪さがこみあげてくる。

全く身動きがとれない。


「キャハハハハハハ!!終ワリダヨ!!」


少年の顔がどんどん近づく。口元はアナコンダのように顎が外れ鏡夜の体を迎え入れるかのように更に大きくひらかれている。

なんだよ。こんなんで死ぬのか。


その時、鏡夜の首元を何かが凄まじいスピードで横切った。

そしてその次の瞬間、


「グッ!?」


と目の前の少年が苦しげな声とともに、少年は大きく後ろに仰け反った。


「グッ……ウウッ…!!」


態勢を戻した少年の顔は青白い炎で炎に包まれていた。

よく見ると額の部分に何かが書かれた短冊のようなものが貼りついている。


「ギ・・・ガアアアアアアアアア!!」


一際大きく少年の悲鳴が響いた直後、短冊から四方八方に眩い光がレーザー状に周囲に拡散しそして、閃光が全ての景色を一瞬で包み込んだ。

あまりの眩さに鏡夜は思わず目を力いっぱい瞑った。


閉じた瞼から徐々に明るさが薄らいでいき、ゆっくりと目を開けていくと

もうそこには少年の姿はなかった。


「なん…だったんだ。」


鏡夜は茫然とその場に立ち尽くしていた。


「おい、お前大丈夫か?」


「ひゃっ!!?」


急に後ろから声をかけられ鏡夜の体はびくっと震えた。


「俺は幽霊じゃねえよ。安心しな。」


両性的なその声の主に目を向ける。

確かに幽霊ではなさそうだったが怪しい人間じゃないかと言われれば即答出来るような存在でもなかった。


全身黒ずくめで、ベルト部分からはウォレットチェーンの類がジャラジャラと左右平等に飾られている。

首元までしっかりとファスナーを上げられ、しかも前髪が目元を完全に覆っているせいでしっかりと顔が確認出来ない。果たしてそれで前が見えているのかどうか怪しいぐらいだ。

両手の指にも全てリングがつけられており、右手には先程少年の額に張り付けられた短冊らしきものが握らている。


「あ、あの…。」


「お前、下手したら死んでたぞ。」


「え?」


「っていうか、何やってたんだ?」


初対面の癖になかなかな口の利き方だなと思ったが、そんな事は今気にする事ではない。


「何って言われても…。散歩してて、公園の方をみたら男の子がいたからこんな時間に何してるんだろうと思って。で、近付いたらなんだか大変な事になって…。」


「なんだ、俺と同じかと思ったけど違うのか。」


拍子抜けしたような口調だった。声では判別がつきにくいが、俺と言っているぐらいだから男だろうか。


「同じって?」


「悪霊払い。」


「え、あれ、悪霊だったの?」


「あれがいい幽霊に見えたか?」


全くそうは思えなかった。


「なんか殴りかかってるみたいだったからさ、そういうタイプのやつかと思ったけど、気のせいだったか。」


一人納得したようにうんうんと頷き、彼はすたすたと歩いて行こうとした。


「ちょっと待ってよ!結局さっきのは悪霊で、君がその悪霊を退治したって事?」


すると彼はめんどくさそうに再びこちらに身体を向けた。


「そういう事。近くで気配を感じたもんでね。あ、一応宣伝しとくか。」


そう言うとごそごそとポケットをまさぐり何かを取り出し、鏡夜の前に差し出した。


「もしまた何かあったら連絡くれ。」


そう言い残し、去って行った。


「名刺?」


悪霊関係なら何でもOK

エクソシスト

岬咢(みさきあぎと)


なんだそりゃ。


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