(1)
雷夜お手製のハヤシライスを口に運んでいると、前方から何やら強い視線を感じた。
見ると、雷夜がにやにやしながらこちらを見つめていた。
「な、なんだよ気持ち悪いな。」
「いやー、すまん。しかし、父さんに隠し事とは頂けんな。」
「隠し事なんてしてないよ。」
とは言うものの、内心ではかなりひやっとしている。
雷夜の勘の鋭さは馬鹿に出来ない。これも仕事で培ってきた経験か。
「おいおい、親父の目は騙せんぞ。恋してる息子の顔なんて尚更敏感だぜ。」
「っ!!」
「おい!ハヤシを飛ばすなよ!汚れ落ちにくいんだからよ!」
「…ごめん!」
汚れた口元を拭い、テーブルを拭き取る。
しかし今の反応は雷夜からすればご褒美ものだろう。
汚れを気にしながらも案の定ご満悦な笑顔を浮かべている。
「いい事じゃねえか。高校生にもなって恋愛の一つもしてないなんて逆に気持ち悪いからな。いやーそうかそうか。」
「いや、そういう訳じゃないんだけど…。」
確かに涼音に会う事を楽しみにしている自分がいる事は否定できない。
しかし、これが恋なのかどうかは分からない。
そもそも相手が幽霊の時点で成立しないだろう。
いくら雷夜でもそこまでは見抜けていないと思うが。
「なんか困ったら相談に乗るからな。」
ありがたい言葉ではあったが、おそらく雷夜に相談する事はないだろう。
図書室での回想の時間は幽霊少女との雑談へとすっかりシフトして行った。
もちろん母の事を忘れたわけではない。
それでも鏡夜は涼音との時間の中で心がほぐされていっている事に次第に気付き始めた。
傍から見れば図書室から窓を眺める自分の姿は前にも増して奇妙なものに映っているかもしれない。
しかし、そんな事は気にならない。
涼音との何でもない会話や、彼女のころころ変わる表情にすっかり鏡夜は魅了されてしまっていた。
彼女が生きていればな。
そんな事を思うが、決してそれは涼音には伝えなかった。
ないものねだりも甚だしいし、そもそも彼女は本来ここにいるべき存在ではないはずだ。
いずれちゃんとした形で成仏し、別れの日が来る。
その瞬間を想像すると、とても寂しく感じられた。
「ごめんよ、ちょっと通らしてくれ。」
気付くといつもの黒シャツ司書が本とカッターナイフを手に立っており、自分が通路の邪魔になっていた。
「あ、すみません。」
通り過ぎる間際、ちらっと鏡夜の顔を確認し何か言いたそうな顔をしていたが彼はそのまま通り過ぎていった。
鏡夜自身は気にした事はないが、やはり自分の存在は彼らからすればだいぶと異質なものに違いなさそうだ。
再び涼音の方に顔を向けると、彼女の顔は見たこともないほどに強張っていた。
「えっ、どうしたの?」
そう声をかけても、すぐに返事はなかったが、口元だけが何かを発していた。
しかし、それは鏡夜には言葉として伝わらなかった。
その後、何度か声を掛けているうちに少し落ち着きを取り戻したようだが、明らかにいつもの調子と違った。
その日はいつもより早く、涼音は帰っていった。
一体どうしたというのだろうか。
あの時、涼音の口元の動きが表した言葉は、鏡夜にはこう聞こえた。
“怖い”。




