(3)
自分でもいつまでこんな事をしているつもりなのだろうかと疑問に思う事もある。
それでも鏡夜は今日も図書室で同じ本を手に取り、同じ席につく。
中間、期末テスト期間はさすがに人が多くなるのでそうもいかなかったが
それを除く閑散期では、予約席のようにいつもその部屋の一番端にある席を確保していた。
だんだんと日が落ちていく。
今日は一段と人がいなかった。
他の生徒はもちろん、受付嬢すらいない。
いるのはいつもの黒シャツ司書だけだった。
外の様子でも覗いてみるかと思い、鏡夜は立ち上がり本棚側の窓側に歩み寄った。
窓からはグラウンドの様子が見える。
部活を行う活発な者達の姿に、鏡夜は素直に感心する。
自分にはああいった事が出来る気も、やろうという気もない。
「めずらしいね、そんな風に外を見るの。」
ふいに自分の右側から聞こえた少女らしき声に驚き、勢いよく顔をそちらに向ける。
かなり近い位置で聞こえたものの、そこには誰もいない。
気のせいか?それにしてはかなりはっきりと聞こえたが。
「もしかして、私の声聞こえてるの?」
先程と同じ位置から声が聞こえた。
やはり、誰かいる。
「…誰かいるの?」
鏡夜は恐る恐る声をかけてみる。
しかし、返事はない。
これは、もしや。
鏡夜の背筋が一気に寒くなる。
外はまだ夕焼け色。こんなに明るいのに現れるものなのか。
初めての経験に、恐怖と混乱に両腕を掴まれ引っ張りまわされるような感覚だった。
「…幽霊、なのか…。」
言葉に出すのもおぞましかったが、口にせずにはいられなかった。
「ピンポーン。」
「っ!!」
鏡夜の左耳に直接吹き込むような距離で囁かれたその声に、鏡夜の体は氷漬けにされてしまった。
人は本当に驚いた時には声すらあげられないという事を聞いたことはあったが、声どころか指先すら固まっていた。
「あ、ごめん。ちょっとやりすぎたか。」
声の主はそう呟き、その直後鏡夜の背中に何者かの掌が押し当てられるような感触が伝わってきた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
訳も分からず口からついて出たのは謎の存在に対する謝罪の言葉だったが、鏡夜自身何に謝っているのかも分からない。
ただとにかくこれ以上何か危険な事が起きないようにという思いで必死だった。
「そんなに謝られると悲しくなるなあ。はい、こっち向いていいよ。」
「えっ!?」
「えっ!?じゃないわよ。ほら、大丈夫だからとりあえずこっち向いてみ。」
そんな事言って後ろを向いたら、多くの国民を震撼させたテレビ画面から次元を超えて飛び出してくる科学力を無視したロングヘアーの女性の幽霊がいるかもしれない。
そう思うと、とてもそんな事は出来ない。
「もう、大丈夫だって。君が思っているような白塗りの四つん這い女性とかじゃないから。」
その呪いの家パターンもあったかと更に恐怖が倍増しかけるが、もはやここで振り向かないという選択肢はないようだ。
「わ、分かりました…。」
ゆっくり。ゆっくりと後ろを振り向く。
いきなり顔を見る勇気はなかったため、視線は下に向けたままにする。
まず見えてきたものは紺色のスカートと白の膝下ソックスと茶色のローファーという、分かりやすく女子生徒を表すものだった。
見えている膝部分の肌は血色が悪く、やはり幽霊なのだなと感じさせるものだった。
そのまま視線を上にあげていく。
上も同じ紺色のブレザーを羽織り、胸元には白色の大き目のリボンが着けられている。
いよいよ、対面の時がきた。
鏡夜は拍子抜けすると共に、違う意味でどきっとした。
肩の位置で切りそろえられた、ミドルの黒髪、小さ目の輪郭にしっかりとした眉毛にぱっちりとした瞳。
すらっとした鼻筋に薄めの唇。右側の口元にあるほくろが少し特徴的であった。
一つ一つのパーツがはっきりしているだけでなく、とてもバランス良く整った顔立ち。
血色の悪さを除けば、少女はとてつもない美人だった。
自分の顔に見とれる鏡夜の心中に気付いたのか、幽霊少女はいたずらっぽく笑った。
「デートのお誘いなら受けられないわよ。だって私、幽霊だから。」
鏡夜は自分の頬を力いっぱいひねってみたが、鈍い痛みがじんわりと残り続けるだけだった。
いろいろ言いたいことや聞きたいことはあったが、少女は
「今日は挨拶だけ。また明日にでも喋りましょ。」
と約束をとりつけられ、その日は起きた出来事を理解出来ぬまま図書室を後にした。
黒シャツ司書はいつもと違う鏡夜の様子が面白かったのか、ほくそ笑みながらも鏡夜に一礼をした。
家に帰ってからも全く落ち着かなかった。
夢ではないが、こんな事を人に話した所で誰も信用しないだろう。最も雷夜以外に話す者などいないのだが。
案の定雷夜にも何かあったのかと心配されたが、言った所でまともな返事は返ってこないだろうし、面白がって根ほり葉ほり聞いてきそうだが、今はそれに答える気力もなかったので、何でもないとだけ返事をしておいた。
話すとしても、もっと自分の整理が出来てからの方が良い。
しかし、驚いた。
幽霊ってやっぱりいるんだな。
しかも、めちゃくちゃ綺麗だ。
そんな少女が自分に何故急に話しかけてきたのか。
他の人達にはそもそも見えていないのだろうか。
疑問は次から次へと溢れてくる。
はっきりしているのは、彼女は幽霊という事だけだった。




