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静かな雨は図書室で  作者: greed green/見鳥望
六章 それぞれの想い
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21/25

(2)

その翌日の夜、鏡夜は岬と共に再び夜の学校へと向かっていた。

決着をつけるため。

そう思うと少し体が強張った。

暗がりの中、わずかな街灯と月の明かりで照らされたグラウンドで二人は足を止めた。


体育の授業や、義務的に参加しなければならない行事の機会を除けば、自主的にこのエリアに足を踏み入れる事はほとんどない。


二人がこの場所を決着の場に選んだ理由は単純だ。

この広さなら戦いやすい。

霊体である布施にとっては都合は違うかもしれないが、生身の人間にとってあの図書室は障害物が多すぎる。

自由に動き回る事の出来る空間。

それが必要だった。


「さて、準備はいいかな新人君。」


おどけた調子で岬がそんなふうに口にしたのは、彼も多少緊張しているからなのか。


あっという間だった。

こんな数奇な体験を自分のような平凡な人間が経験する事になるなんて想像できただろうか。

ひょっとしたらまだまだこの先、今回の件が序の口だったなんて思えるほどとんでもない出来事が待ち構えているかもしれない。

出来ればそんな事は起きて欲しくはないと願うけれど。


「…いいよ。」


これも自分の運命だ。

自分が果たすべき役割なんだ。


岬が掌を胸の前で合わせながら読経めいた言葉を連ねはじめる。

八尺神社で見せた動きだ。

僕らはのうのうと待つ気なんてない。


空気が一気にざわつき始める。

来る。

霊感のない人間でも容易に感じ取れるであろう程に淀んでいく空気。

ぞわぞわと鳥肌がたちはじめる。


びしっと大きな、何かが割れるような音が耳に伝わる。

何だと思うと自分の眼前の何もない空間に切り付けられたように一本の亀裂が走っていた。

岬の経を読む声の大きさと勢いが増していく。

それに呼応するかのように、どんどんと亀裂が広がっていく。

岬の額からは汗が筋となって流れ落ちていく。呼び出すだけでも相当な力を使っているようだ。

亀裂はもう蜘蛛の巣のようになり、崩壊まであと僅かという様子だった。


ぱき、ぱきぱきばき。


「やっとか。」


岬はようやく経を止め、ふーっと息をつきながら額の汗をぬぐった。


ばきっ。


一際大きな亀裂音が響く。

そして、亀裂の中心部分が途端何かに吸い込まれ、その部分だけきれいに縁どられた円形状に空洞となった。

空洞の向こう側の景色は見えず、その部分だけどす黒い闇が姿を見せていた。

それをきっかけに、周囲に広がった亀裂が中心の闇に吸い込まれていく。

吸い込まれた亀裂に比例するように、闇が大きく広がり始める。

やがて亀裂だった部分は全て闇へと変わる。


「こんなにでかかったっけ…?」


「場所が広くなったから、あいつも開放的になったんじゃね。」


暢気な事を言ってはいるが、目の前の闇は直径で5,m以上はある。

図書室で見た時の布施とはスケールが違う。


「ともかく、覚悟決めろ。今日で終わりにすんだろ?」


そうだ。臆している場合じゃない。


「うん、もちろん!」


「じゃあ行くぞ。」


岬が腰につけたチェーンを一つ外した。

そしてそれを一振りすると、まるで手品のように鎖は一本の鉄の棒へと変貌した。

バイクのハンドル部分のようなグリップ部分の形状から先に尖っていくように伸びた硬質な鉄塊。十手を現代版に改造したような形状だが長さは日本刀ばりの長身だ。


「キヒヒヒヒヒヒ!!」


布施の不快な笑い声と共に、闇が瞼を開こうしていた。

開かれていく切れ目から充血した目が徐々に姿を現す。


「頼んだよ岬君!」


その掛け声を合図に岬は勢いよく走り出した。手にした鉄棒を地面に這わせながら

布施の脇を走り去っていく。

その様子に疑問を感じたのか布施が後ろを確認しようとする。


「お前の相手はこっちだ!」


鏡夜はあらん限りの声を張り上げた。

布施は開ききった眼をこちらに向ける。


ポケットに両手を突っ込み、大量の札を取り出す。

岬から事前に受け取っていたものだ。


「来い!」


手にした札を布施に次々と投げつける。

岬程の火力はないかもしれないが、鏡夜の手を離れた札はしっかりと青い炎をまとっている。

しかし、そのどれもが布施の体に触れた瞬間に蒸発するかのように消滅していく。


「全く効き目なしか。」


だがとりあえずはそれでいい。

効かない事だって想定済みだ。

布施の後ろで岬が着々と作業を進めているのを確認する。

岬の位置を確認しながら、鏡夜は布施の目をひきつけながら自分の位置をずらしていく。

岬が再びこちらに走ってくるのを目で追い、鏡夜も反対側に走り出す。

いいぞ、こっちのペースだ。


「よし!今度はこっちだ化け物!」


今度は岬が啖呵を切る。

そしてそれは、岬の準備が整ったという合図を意味していた。

後半分。

ここからは鏡夜の作業だ。

頼むよ岬君。


胸のポケットに忍ばせていたウォレットチェーンを取り出す。

こちらも事前に岬から受け取っていたものだ。

チェーンの片方の先を握ったまま、天に掲げる。

そして勢いよく下に振るう。

すると先程までだらっとしていた一本の鎖は、岬が持っているもの同様、立派な鉄塊の棒へと変わる。


地面に棒を下ろし、円を描くように走り出す。

半分は岬が作ってくれている。

自分が書き足すのはもう半分。

岬が書き上げた半円の外周部分に合わせて鏡夜も円を繋げていく。

ちらっと岬の姿を確認し、彼がしっかりと布施を引き付けている事を確認する。

だが急がないと。


円の完成は容易だが、問題はこの後だ。

その際に奴の脇を何度か通らないといけない。

通り過ぎる瞬間は本当に生きた心地がしなかった。

だがこれしか勝機はない。


何度か目の往来。

極度の緊張と休みなく全力疾走を繰り返した事で、鏡夜の心臓はひどく圧迫されていた。

苦しい。体が重くなり、スピードが落ちていく。


「あと、ちょっとだ…!」


ずりずりと引きずる鉄の塊は最初に持った時に比べてずいぶんと重く感じる。

くそ。これなら日頃からもっと運動をしておけばよかった。

そんな後悔を感じながら、鏡夜はようやく最後の線を引き終えた。


「よし…!岬君!」


「オッケー!」


それと同時に二人は急いで円の外に出る。

お膳立てはばっちり。

後は岬の仕上げのみだ。


鏡夜が円の外に出ているのをしっかり確認し、岬は両腕を翼のように大きく横に広げる。


「捕まえたぜ。」


広げた両腕を勢いよく閉じる。

ぱあんっと威勢のいい音が合わさった両掌から鳴り響く。


その瞬間布施のいる地面から紫色の光が天に向かって立ち上った。

円の外にいた鏡夜達に向かって猛烈な突風が吹きすさび、思わず体が飛ばされそうに

なるのを必死でこらえるも、耐え切れずに鏡夜は後ろへと転んでしまう。


「ギッ?!ナンダ!?」


戸惑いを表すかのようにめくれあがった布施の眼球がぎょろぎょろと動き回る。


「案外まぬけだな。俺達が何をしていたか、お前はちゃんとその目で見ておくべきったんだ。自分の真下を見てみな。」


「コ、コレハ…!?」


布施の真下に描いた巨大な円と、真ん中に描かれた六芒星。

やつを捕縛する為に描かれた魔法陣。

これが二人の勝機を掴む為の作戦だった。

布施に気付かれないように陣を描く。

その為に一方がしっかりと引き付け役を行う必要があった。

二人という人数だからこそ出来得る行動だった。


「がっちり捕まえさせてもらうぜ。」


六芒星のそれぞれの頂点から巨大なの鉄鎖が一斉に飛び出し、布施の体に次々と巻き付いていく。

ぎりぎりと体を締め上げていく鎖はさながら大蛇の大群だ。


「ハズセ!!ハズセー!!」


もがき苦しむ布施だが、そう簡単に鎖が外れる様子はなく、それどころかもがけばもがくほどそれに反応して鎖は更に締め付けを強めていく。


「今だ!!今ならやつは無力だ!!ぶち込んでやれ!!」


岬の方に目を向け力強く頷く。

そして再び布施に視線を戻す。


地面を蹴り上げ、猛然と布施に向かって走っていく。

紫のオーラで囲われた魔法陣の中に体をくぐらせ、一目散に布施へと走る。


自分に何故こんな力が備わったのかは分からない。

でもこの力が、涼音を救う。救う事が出来る。

きっと怖かったはずだ。

自分と同じ程の年齢の女の子が、何の罪もなく平穏な日常を生きていた女の子がある日突然、目の前に現れた何者かも分からぬ男に刃物で刺され、その命を奪われる。

彼女だけじゃない。同じ思いをして死んだ人間が何人もいる。

許せるわけがない。

そしてその上、死してなおも殺しに飢え生きている人間を手にかけた。


自分の母を殺したように。


図書室で初めて布施と対峙し、そして飲み込まれた闇の先で出会った彼の姿。

彼が持ち上げた左腕を見た瞬間、鏡夜に衝撃が走った。

彼の手の甲に刻まれた星状につけられた傷跡。

幼き日の記憶に今もなお残る母を押したあの左腕にも同じ傷跡が残っていた。


忘れない。忘れるものか。


涼音の仇。

自分自身の仇。


全ては導かれていたのかもしれない。

この手で布施を本当の意味で葬り去る役目を自分が負う事になったのも、これまた一つの運命だ。


「終わりだ!布施!」


何重にも束ねた札を合わせた拳が布施の眼球にめり込む。

ぐにゅっとした感触が手に伝わる。

手応えありだ。


「アアアアアアアアアアアアアアアアガガガアアアアアアアア!!!!!」


徐々に布施の闇がはがれていき、黒々としたオーラが天に召されていく。

闇が消えていく。

全ての終わり。


剥がれきった闇の中に一人の人間が姿を見せた。

これは前にも一度現れた、布施引也の本来の姿。

まとっていた闇が取り去られたからなのか、その姿には一切の邪気は感じられない。

布施の体が足元から徐々に消失していく。

布施の目が鏡夜をじっと見つめていた。

悲しげな、憂いているような視線。


「君がやっぱりあの時の。」


静かな穏やかな声。


「そうだよ。」


「そうか…。」


布施の体はもう肩口までしか残っていない。


「…すまなかった。」


「え…?」


「君も、彼女も。」


布施の口から最後に放たれた言葉は、鏡夜が全く予想もしていなかったものだった。


「待って!どういう事だよ!なんでお前は…!」


鏡夜の言葉を最後まで待たずして、布施は完全に消滅した。


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