(3)
目を開けると、暗がりの中に白っぽい天井が見えた。
所々に備え付けられた電灯はどれ一つとして点けられていない。
「お、起きたか。」
聞き馴染んだ岬の声が頭上から聞こえる。
どうやら自分は仰向けに寝そべっているようだった。
「僕、生きてるの?」
「ああ、安心しろ。お前はしっかり生きてるよ。」
むくっと体を起こす。
そうだと思い出し、慌てて自分の右腕を確認する。
良かった。ちゃんと右腕も無事だ。
「あいつは?」
「お前を吐き出した直後に消えたよ。」
「そっか…。でもあいつが布施って事は間違いないみたいだね。」
「ああ。一瞬だけだがわざわざ人の姿に戻ってくれたよ。一体どういうつもりだか。」
「どうでもいいさ。」
あいつが布施引也という事が分かっただけでも十分だった。
運命というものなど信じたことも意識した事もない。
だが、そういった見えない絶対的な鎖に、どこかしらで繋がれているのかもしれない。
そう感じずにはいられなかった。
「倒すよ、絶対。」
目的が増えた。
僕は、必ずあいつを倒さないといけない。
岬はポケットに手を突っ込みながら不思議そうに首を傾げていた。
「なんだか知らねえけど、えらくやる気に溢れてるじゃねえか。」
「もともとやる気満々だよ。」
「ははっ、そうだったか。」
「助けてくれてありがとう。加勢するつもりだったのに、すっかり足引っ張っちゃって。」
「いいさ。気にすんな。生きてるだけで十分。」
「そうだね。」
きっと最後まで迷惑かけるんだろうな。
そう思うと思わず苦笑が漏れた。
「おうおう、とうとう夜遊びでも覚えたか?」
玄関の扉を開けると雷夜が顔を覗かした。
家に戻った頃には夜の11時を過ぎていた。
確かにここまで遅い時間に帰宅してきたのは初めてかもしれない。
「ごめん。ちょっと友達と会ってて。」
そう言うと、雷夜は少し驚いたような顔をしたがすぐに満面の笑みに変わった。
「謝るこたねえよ。第一ウチに門限なんてねえし。まあてめえが女だったら俺も穏やかじゃねえがな。」
そうは言いながらも心配だったのだろう。
この時間、雷夜は晩酌をしている事が多い。
酒には強いらしいが、すぐに赤ら顔になってしまうのが特徴的だった。
でも、今日の雷夜の顔にはアルコールによる顔の紅潮が見られない。
何かあったらすぐに駆けつけられるようにと思って飲まなかったのだろう。
「ごめん。今度からは遅くなりそうな時はちゃんと連絡するよ。」
鏡夜は申し訳なくなり、もう一度だけ謝った。
調子が狂ったのか、頭をぽりぽりとかきながら何とも言えない表情で、
「おう、まあそうしてくれりゃ助かるが。」
とだけ残してリビングへと戻っていった。
湯船に浸かりながら今日の出来事を思い返していた。
まるで導かれるように図書室へと向かい、そこにいたのは布施の悪霊。
そもそもあの女性の霊は何だったのだろう。
結局彼女は涼音ではなかったように思えたのだが、部屋に入ってから布施との攻防のせいですっかり意識の外になってしまっていた。
だが、彼女のおかげで布施と対面する事が出来た。
それにしても、岬も事前に連絡をくれても良かったのに。
自分に依頼された仕事の領分という事もあってなのか、相手が一筋縄ではいかないと感じわざと声をかけなかったのか。
果たして僕はあいつを倒せるのだろうか。
僕も岬も今日の戦いで有効打は一つも与えられなかった気がする。
それどころか、完全なる敗北だ。
岬の言う通り、生きているだけまだましなぐらいだ。
そして、最後に見せた人としての布施の姿。
どこにでもいる、平凡な青年。
あんな凶悪な事件を起こすような人物には見えなかった。
しかし、人は見かけによらず。
実際にテレビでも犯人を知る人物にインタビューをする中で、そんな人には見えなかったとか、真面目な人物だったとか、はなっから犯人の見た目と事件がリンクするような事の方が少ない印象がある。
やつを消すんだ。完全に。
涼音の為、そして自分自身の為にも。