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静かな雨は図書室で  作者: greed green/見鳥望
五章 仇討
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(2)

見渡す限りの闇。

前も、後ろも、右も、左も、下も、上も。

どこを向いても変わらぬ黒、黒、黒。

足を動かしてみても、地面の感触がない。

自分が歩いているのかどうかも分からない。

今自分は寝ているのか立っているのか姿勢すら把握出来ない。

目を閉じても開けても同じ光景。

自分の心音も聞こえぬ無音世界。


僕は、死んだのか。


やつに飲み込まれて、ここに来たのか。

それともそのせいで死んでしまい、死後の世界にまで連れてこられたのか。


感情をあっという間に恐怖が支配していく。

何てことだ。死んでなお恐怖を感じないといけないなんて。

死後の世界は天国と地獄に分かれている。

自分が地獄に落ちるような悪行を働いた覚えなんてない。

問題なく天国に昇って、平穏な世界に身を置くんだろうと漠然と思っていたのにこんな救いのない世界に放り込まれるとは。


「おーい!」


そう助けの叫びを発するものの、音のない世界において自分という存在も例外ではなく自らが放ったはずの言葉も自分の耳に届かず、ちゃんと声を発する事が出来たかという自信すら一瞬で奪われていく。


「嘘だろ…。」


本当に、死んでしまったというのか。

こんな闇の牢獄に永久に閉じ込められるというのか。

どうすれば。

ここを脱する事は出来ないのか。


ふとその時、何か一瞬ほんの僅かな光が遠い先で走ったように感じた。

なんだと思い、視線をこらす。

しかし、相変わらずそこには闇が広がっているばかりだ。

気のせいか、闇を拒絶し始めた脳が見せた幻覚的なものかと思った。

だが、再びその光を捉えた。

遠く彼方、小さな点程の光。

だが、その光は消える事なくその場に留まっている。

もしかするとここを脱する事が出来るかもしれない。

そう思うと僅かなその光が大いなる希望に感じられ全力で光の元に疾走する。

感覚がないためちゃんと走れているかどうか分からない。

ともかく必死だった。


しかし一向に光との距離は縮まらない。

絶望的なまでに距離が離れているのか、それとも光自体も移動しているのか。

見つけた希望に翻弄され、鏡夜の心は苛立った。

しばらく光を追いかけ続けたが、やはり結果は変わらない。


「なんでだ…。」


苛立ちながらも走り続けていると、急に光がぐっと自分に近寄ってきた。


「わっ!?」


先程まで彼方にあった光が鏡夜の目前まで迫る。

いや、違う。

闇によって視界を奪われたも等しい状況で鏡夜はその光を目で捉えていると感じていたが、これは見えているのではない。

こいつは、自分の頭の中にいるんだ。

鏡夜は足を止め、脳内に現れた光を凝視した。


丸く淡い光を放つ様子は満月に似ていた。

すると光の真ん中にすーっと横一文字に切れ込みが入っていった。

線が円の端まで辿り着いた。

その直後、切れ込みからどろどろとおびただしい赤黒い液体が流れ始めた。

あまりの気持ち悪さに思わず口元を抑えた。

しかし視線を外す事は出来ない。目を閉じた所でこのグロテスクな光景を消し去る事が出来ない。

そしてゆっくりと切れ込みから皮がめくれていくように上下にぐにゅっと光の表面が開き始めた。

表面がべろりと剥けたそこには血走った巨大な目玉が現れていた。

異様な光景に困惑と恐怖と入り混じる。


「マダ、終ワラナイ。」


脳内に鳴る聞き覚えのない男の声。

だがその言葉は強烈に鏡夜の頭を刺激する。

猛スピードで自分の記憶を乱暴にまさぐる。


“まだ、終わらない。”


「布施か。」


やはり布施なのだ。

禍々しい闇をまとい、人間としての原型はすっかり失われているが、確実にこいつには布施の精神が宿っている。


「マダ、マダ。」


やつの黒目がしっかりと鏡夜を捉えている。


「僕を殺すのか。散々殺してきたってのに。」


こいつは本物の悪だ。

どうしようもない、救いようのない。


それに反応したのか、やつの黒目が潤み始めた。

しかし水槽に入った水の様に外に溢れ出さず、黒目の中が一瞬で液体に満たされていく。

まさか、泣いているのか。


黒目の中に自分の姿が映っている。

しかし次の瞬間その姿が霧のように消え去った。

えっと思った時には、そこに自分とは違う別の姿が描き出されていた。


黒いパーカーにジーンズ、汚れたスポーツシューズ。

記事で見た一人の青年の顔が頭に浮かぶ。

そこにいたのは人間の布施だった。


彼は静かにゆったりとした動きで自分の左腕を前方に持ち上げた。


「そんな…まさか…。」


鏡夜は気付いてしまった。

彼がただの凶悪な殺人犯という存在ではない事に。


「またな。」


彼はぽつりとそう言った。

穏やかな優しい声で。


そこで鏡夜の意識はぽつりと途切れた。


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