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静かな雨は図書室で  作者: greed green/見鳥望
五章 仇討
17/25

(1)

図書館の幽霊少女、悪霊払いの少年、禍々しい悪霊達。

鏡夜の日常は、おおよそ普通の高校生ではありえない者達に囲われている。

私霊感があるんだ、なんて霊感持ちぶっているような輩が必ず学校に一人はいる者だが、紛れもなく自分は本物に属してしまっている。

そして、もはやそれがごくありふれたものとして日常に溶け込んでいる。


そこにあるべきものが、当たり前にそこにあるからこそ日常は日常として存在し得る。

それ故にその当たり前が崩れた際、人はひどく脆い存在にあっという間に変容してしまう。

鏡夜は今まさに、その状態にあった。


図書館に通う毎日は変わらない。

でもそこに、涼音の姿はない。


あの日、何の音沙汰もなく唐突に彼女は消えた。

あの時もっと疑問に思うべきだったのだ。

彼女が何も言わず消えるなんて、やはりおかしいのだ。


彼女が姿を消してから既に3日程経過していた。

何があったというのか。

こうやって毎日窓から外を眺めていた所で答えなど出ない。

でもこうしていればふと浮遊した涼音が現れて、久しぶりなんて声をかけてくれる。

そんな想像が頭の中を何度も行き交う。

しかしその光景が頭の外に出る事はない。


せっかく涼音の為にと思って動いているのに当の涼音がいない。

だからと言ってそれを止めるつもりはもちろんないのだが。


それから一週間が経過しても、状況は何も変わらなかった。

すっぽり胸に穴が開いたような寂しさ。


鏡夜は座り慣れたいつもの席にいつもの本を手に腰かける。

“静かな雨は図書室で”。

ここにきて鏡夜は改めて本のタイトルを知った。

藍色がかった表紙に降り注ぐ雨。

真ん中にうつ伏せのように表紙側を表に開かれ無造作に地面に置かれ雨にぬれる一冊の本。

ページをぱらりとめくっていく。


中身を読もうとは特に思わなかった。というか涼音の事で頭が一杯で、きっと読もうと思っても内容なんて頭に入ってこないだろう。

それでも指をページにかける。

その時、ページの間に一枚の白い小さな紙が挟まっている事に気が付いた。


しおりかと思ったが、学校図書の本にわざわざそんなものは用意されていないだろうし、もともと本にはしおりひもが付いている。

それに、紙の形状が正方形だ。そんなしおりはないだろう。

よく見ればうっすらと何か文字が書かれていた。


鏡夜はそれを手に取り、内容を確認する。


「え?」


これは。

自分の鼓動が速くなるのを感じる。

意味は理解出来ない。

しかし、これが誰でもなく、自分に宛てられたものだという事だけは確かだった。


“ごめんね。しばらく会えない。”


名前の記載なんてない。

彼女の字を見たことだってない。

この本だって、自分以外の者が手に取る事もあるだろう。

でも、数ある中でわざわざこの本にこんなメモを挟む存在なんて。


一体いつからこの紙はここにあったのだろうか。

何故もっと早く気付けなかったのだろうか。

きっと消えたあの日にこれを入れたんだろう。

無駄に時間を過ごしてしまった自分を憎く思った。


「くそっ…。」


明らかに彼女の身に何かが起きている。

すぐに連絡を取りたい。

でも彼女が死人の為、もちろん現代的な方法はとれない。

自分に出来る事。

彼女に教えてもらった、幽霊との会話手段。

届け。

普段涼音と話す時の何倍も気持ちを練り込み、彼女に話しかける。


「…だめか。」


念だけではどうにも出来ないのだろうか。

念を投げかける存在自体が自分で認識出来ないと意味を成さないのか。


なんて、無力なんだ。


しばらく呆然としていたが、ここに居ても仕方がないと思い鏡夜は席を立った。

落ち込んでいる自分の姿を見て、神門が怪訝な顔をしていたが説明する気にもなれなかった。



「どうした?好きな子にでも振られたのか。」


雷夜はいつもの陽気な調子で話しかける。

父親であれば、息子がひどく落ち込んでいるのはすぐに気付くものだろう。

そしてそれに対してどう接するべきかというのを多少は悩みながら声をかけるものだと思う。


しかし雷夜はそんなのおかまいなしだ。

でも、気を遣わないそんな態度の方が逆に鏡夜にとっても気が楽だった。


「そうだったらまだ良かったよ。」


「なんだ、お前まさか修羅場にでも巻き込まれんてのか?お前もやるようになったなー。」


「違うよ。なんていうか…まあ説明が難しいんだけどさ。とにかく、複雑なんだよ。」


「悩めよ少年。しっかり悩め。そうやって脳をどれだけ回転させたかが人生の行く末を決めるからな。」


悩むか。

最近ずっと悩みっぱなしだよ父さん。

でも、どうなっていくのか、ちゃんと彼女を救えるのか不安になってきたよ。


消えてしまった涼音。

仮に、彼女が成仏して現世を去ったのならまだ喜べるだろう。

だがおそらくそうではない。


一体どこに行ってしまったんだ。


そんなもやもやとした悩みを抱えたままじっとしている事は出来ず、気付けば鏡夜は夜へと足を踏み出していた。


どうするか。こんな時に頼れるのは岬だ。

また悪霊退治に駆り出される可能性はあるが、一体浄化するだけで涼音の足取りを掴めるのであれば安いものだ。

しかし彼には別件をお願いしている事もあり少々それは気が引ける。


彼に頼んでいる件についてもどうなっているのだろうか。

そちらも気にはなるのだが。


様々な事が頭を巡っている時、視界の先に何かがいる事に気付いた。

距離がある為ぼんやりとはしているが、人がいる。

道路の十字路のちょうど真ん中あたりに人が立っている。

しかし何かが通常と異なっている。

そしてその違和感の正体に気付く。


高さだ。


普通に地面に足をついていればもっと低い位置にいるはずなのに、その存在は遠く離れた距離から見ても立っているとは思えない状態にある。


浮いている?

それはつまり、そういう事なのだろうか。


浮遊した幽体らしきものにどんどん歩みを進めていく。

徐々に輪郭がはっきりしていく中で、鏡夜ははっとした。


まずはっきりしたのがやはりそれは生きた人間ではないという事。

完全に足が地上から離れている。

まさかしてこんな夜中に道の真ん中で手品を披露しているわけでもあるまい。

それに直観的にもその存在は幽霊のものだ。


そして、その幽霊が女性だという事。

加えて、その女性は制服を着ていたのだ。


「涼音…?」


思わずそんな言葉が漏れる。

彼女なのか。期待が急激に自分の中で高まる。


距離が30m程にまで来ただろうか。

途端に女性は浮遊したまま左に急速にスライドしていった。

あっと思った時には、彼女の姿は曲がり角から消えてしまう。


十字路へと駆け寄り彼女が消えた方向に目を向ける。

すると遠くの方に、最初見た時と同じようにぼんやりと存在が確認出来た。


小走りで再度彼女に近付く。

しかし今度もまたある程度の距離にまで来ると彼女はしゅんっと凄まじいスピードで消えてしまう。

そして遠い視界の先で鏡夜を待つようにじっと浮かんでいた。


どういうつもりだ。

まるで鏡夜を導くように移動する彼女の意図がまるで分からない。

その後も彼女との追い駆けっこは続いた。

しかし途中で彼女が向かう先がどこなのか、鏡夜は気付いた。

学校の方向に進んでいる。

やはり涼音なのか。

そして鏡夜の予想通り、段々と校舎が姿を現してきた。


校門をくぐり抜け、グラウンドの真ん中に立つ彼女に近寄る。

そのまま彼女は校内へと消えていく。

導かれるままに鏡夜もその後に従う。


しんとした校内。

夜の学校。

日中は多くの生徒で賑わい活気溢れる場所だが、それに慣れている為余計に誰もいない静まり返った校内は静寂を際立たせ恐怖感すら煽る程沈んだ空気が流れている。

学校の怪談等、嘘か本当か分からないような恐怖話が生みだされ流布していくには十分すぎるほどの雰囲気がる。


彼女の姿を捜し周囲を確認する。

この追走はどこまで続くのだろう。

だがゴールは近いはずだ。

遠くに映る彼女は階上へと進んでいった。


学校の時点で期待は鏡夜の中にあった。

おそらく彼女は3階へと進んだのではないかと。

進んでいった彼女は鏡夜の期待通り、ある部屋の前で止まっていた。

そして鏡夜が付いてきた事を確認したのか、そのまま部屋の中へとすーっと扉をすり抜け入っていった。

やはり。

慣れ親しんだいつもの部屋へと鏡夜はゆっくりと近づいていく。


がんっ。


その時、図書室の方から物音が聞こえた気がした。

なんだ?

そう思っていると更に


がんっ。ごんっ。


と何か物と物が衝突するかのような激しい物音が聞こえる。

荒々しい物音はまるで争っているかとも思える程大きなものだった。


おそるおそる扉の小窓から中の様子を確認する。

暗くてはっきりと確認出来ない。

しかし、人影らしきものがせわしなく動いているように見えた。


入っても大丈夫なのか。

何らかの巻き添えをくらう可能性は高い。

そう思い、とりあえず頭だけ部屋の中にいれる事にした。


静かに静かに扉を開き、僅かな隙間に頭を差し込む。

鳴り響く物音は直に聞くと思いの外強烈なものだった。

首を回し、中の存在を確認する。相変わらずの暗闇ではあったが、次第に瞳がそれに慣れ始めていた。


鏡夜はそこに二つの存在を確認した。


激しく動き回るものが一体。

こちらはしっかりとした人型をしており、自らの目の前にいる何かに対して仕切りに振り払うかのような動作を繰り返しては後退を繰り返している。

どうやら人間のようだ。


しかしもう一体の存在が把握出来ない。

いや、把握というよりもどう形容していいのか分からないという方が正しいか。

それを見たまま表現するとすれば、雑に円形に切り取られた球体の闇と言ったところか。

その闇が室内を飛び回り、あるいは消失したかと思えば違う場所に唐突に現れたり。

これは、先程の女が姿を変えたもの、もしくは真の姿なのか。

何にしてもそこから放たれる重苦しい気配からは決してよい存在ではない事は確かだ。


どうするか。

自分も未熟ながら力を持つものだ。

一応岬からもらった札も持っている。

今目の前で戦っているもう一人の存在が何者かも分からないがここは加担すべきか。

もしやその為にあの女はここへ導いたのか?


「おい!見てねえで手伝え!」


その時、鏡夜の耳にとても聞き覚えのある声が届いた。


「岬?」


まさか目の前で戦っているのは岬なのか?


「暇してんならとりあえず来いよ!一人でも多い方が助かるんだ!」


やはり岬だ。

そうなれば、迷う必要などどこにもない。


「わかった!」


がらっと勢いよく扉を開け、岬の元に走り寄る。

目の前には先程の球体の闇がふわふわと浮いている。

近くで見ると直径3mはあるだろうか。思っている以上に大きく感じられた。


「こいつ、なんなの?」


「お前が求めているもんだよ。」


その言葉に鏡夜の心臓がどくんと強く波打った。


「って事は、こいつが…?」


この訳の分からない闇が、涼音の仇。

涼音の平穏を奪ったもの。


今まで見てきたような、もっと人を模したものを想像していただけにどうにも上手く自分の中で認識が出来ない。


「これももともとは人で、しかもこれが布施なのか!?」


「おそらくな。妙な気が集中してるからもしやと思って辿ってきたらこいつがいた。どっちにしろ、払わねえとな。」


岬の手から無数の札が飛んでいく。

炎をまとった札が次々に闇の球体と化した布施に突き刺さっていく。


しかし、札はそのままずぶずぶと球体の中に取り込まれ何事もなかったかのように布施はその場に浮遊していた。


「きいてないのか?」


「さっきから色々やってみてはいるんだが、ことごとくこの有様だ。こいつ只者じゃねえぞ。さすがは元凶悪犯ってとこか。」


にやりと口元をゆるませるが、心なしかその笑みはいつもと比べ余裕がないように見えた。


「クク。ムダムダ。ドンナモノカ見テヤロウカト思ッテ来テミタガ、コンナモノカ。」


ふいに布施と思われる闇から言葉が吐き出されてきた。

おどろおどろしい低音は聞いているだけでも身の危険を感じさせる圧迫感がある。


「お前、布施なのか?」


闇は答えない。


「通り魔殺人で何人もの人間を殺した、布施引也!そうじゃないのか!?」


「ヒヒ。ダッタラナンダ?」


こいつが。

こいつが涼音を。


全身の血液が沸騰していく。

頭に血が上る感覚なんて今まで味わった事はなかったが、一瞬で頭の中が熱くなっていくのを感じた。


「お前が!」


「待て!不用意に近づくな!」


岬の制止も効かず、鏡夜は目の前の闇に突っ込んでいった。

意識はなかったが右手には既に札をしっかりと握り込んでいた。

こいつを倒さなければ。そんな強い想いが自然とその手段を本能的に選んでいた。

猛然と拳を振るう。

今までとは比べ物にならない念を練り込んだ拳。

これで仕留める。

真っ直ぐに拳を打ち放つ。


しかし放った腕に伝わる感触に手応えはなく、それどころか。


「うわっ!?なんだ!?」


自分の腕がゆっくりと沼に沈んでいくように飲み込まれていくのだ。

腕を引き抜こうとするも全く微動だにせず、どんどんと引っ張り込まれていく。


自分の腰に岬の両腕が絡まり、後方へと引っ張ろうとする。


「だから言っただろうが!」


しかし、それでも鏡夜の体は止まらない。

もう肘の先まで飲み込まれてしまっている。


「やめろ布施…!」


ゆっくりと命が終わっていく。

そんな絶望感に埋め尽くされ、先程までの怒りなんて既に消え失せていた。

終わる。

終わってしまう。


「クヒヒヒヒヒ!!」


布施の不気味な声が耳につく。


片腕は完全に見えなくなってしまっている。

このままでは本当に…。


「くそっ!!」


「ハハハハハハー!!」


嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ!


「あっ。」


次の瞬間、地面から足が離れた。

抗う事も出来ぬまま強烈な吸引力にそのまま引き込まれる。


そして図書室には誰もいなくなった。


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