(1)
「へー。じゃあ君は毎日のように幽霊とここで会話をしていたのか。いや、図書委員の子達とも何だろうねってずっと話してはいたんだけどね。でも人のプライベートにずけずけ踏み込む訳にもいかないしさ。」
翌日図書室に入るや否や、すぐに神門に捕まってしまった。
結局、嘘をつくのも面倒だという事と、オカルトにも自信があるという事で自分の知らない知識も持っているのかもしれないと思い、鏡夜は涼音の事について正直に話して聞かせた。
以外だったのは神門がなかなかのお喋りであった事だ。
騒がしくしない事が暗黙の了解とされた場所である事もそうなのだが、しゅっとしていかにも理系気質な堅物感のある雰囲気を醸し出していたので勝手なイメージが先行していたが、一度会話が始まると表情は柔らかく、口数の多い親しみやすい男だった。
昨日の事もあったので涼音の様子が気がかりであったが、神門のせいでまだ今日は顔を見れていなかった。
「彼女はこの場所が気に入っているようだね。しかし、何故成仏出来ないかは気になるな。」
顎に手を当てながらうーんと神門は低いうなり声を漏らす。
「こういう場合、いくつか理由が考えられる。一つは怨恨。何か強い恨みを持ってこの世に留まっている可能性。二つ目は未練。これは怨恨とも重なる部分はあるが、何かこの世で成し遂げられない事があった可能性。だいたいそのあたりか。どちらにしても現世に留まるだけの強い想いが故に成仏出来ない場合が多い。彼女からその当たりの話は?」
「いえ…あまり思い出したくないのか、濁されてしまいました。」
「ふむ。ならまずはそこを明らかにしないといけないな。しかし、自力で探れない事もないだろう。」
「え?どうやって?」
「彼女はもともとここの生徒なんだろう?だったらその記録ぐらい学校に残っているはずだ。彼女の生前の記録が分かれば何か糸口が掴める。」
「なるほど。」
「昔のアルバムぐらいなら学校から引っ張ってやれない事もない。彼女のフルネーム、死んだ年代まで分かれば作業も楽だが。」
「分かりました。確認してみます。」
「ただし、僕だって暇人じゃない。彼女の記録の手がかりは用意してやれるが、そこから先の作業は君に任せるよ。」
「分かってます。ありがとうございます。」
最初は不安もあったが、なかなか頼りになる人物のようだ。
死んだ人間の事について調べるなんて、なんだか刑事みたいで少しどきどきする。
「そろそろ、彼女も来てるんじゃないか。また何か分かったら教えてくれよ。」
神門との会話を終え、涼音の元に向かう。
会えないのではないかと思ったが、そこには窓の外を眺める彼女の姿があった。
涼音は鏡夜に気付くと柔らかく微笑んだ。
「よっ。昨日は、ごめんね。」
いつもの調子で謝罪のポーズを決める。どうやら大丈夫そうだ。
「いいよ、ちょっとびっくりしたけど。来ないんじゃないかってちょっと心配した。」
「本当は結構心配したんじゃない?もう会えないかもーって。」
彼女はどうしていつもこうやって心を見透かしてしまうのだろうか。
「そんな事ないよ。涼音こそ僕がいなくて少し焦ったんじゃない?」
「あら、言うようになったじゃない。でもそういうのは生きている女の子にやりなよ。」
ちょっとやり返してやろうと思ったのだが、どうやら効果は全くなさそうだった。
今日の涼音はいつもの調子だった。
元気そうで何よりだと安心した。
「昨日、ちょっと大変な事があったね。」
鏡夜は昨日会った悪霊と謎のエクソシストについて話して聞かせた。
体験した自分自身にとってはとんでもない出来事だったが、涼音はマンガみたいだねと笑いながら鏡夜の話に耳を傾けていた。
しかし、鏡夜が話終わると涼音は少し悲しげな顔をした。
何かまずい事を言ってしまったかと焦るが、すぐに鏡夜の様子に気付き、違うの違うのと慌ただしく両手を顔の前で振った。
「多分、鏡夜は元々見える素質のある人間なんだとは思うの。それを感じたから鏡夜に声をかけた所もあったし。ただ、私といる事でそういう力が強くなっちゃったのかもしれないなって思って。」
なるほど。
根拠はないが、そう言われれば納得は出来るなと正直思った。
「私の存在が、鏡夜に迷惑かけちゃってるのかもね。」
「そんな事ないよ!」
鏡夜は即座にその言葉を否定した。
ここにいる理由だって、今は涼音に会いにきたいと思うから来ているのに。
「そんなマジな顔で言わなくても。もしそんな奴らが現れたらまたエクソシスト君が倒してくれるだろうし。でもありがとう。」
勢いよく出た自分の気持ちに恥ずかしさを覚える。
何を熱くなってるんだ。らしくもない。
でも、こうして涼音が自分の目に見えているのにも、涼音が自分に声を掛けてきた事にも
何か意味があるんじゃないか。
鏡夜はそう思っていた。
「いや、ごめん。でも迷惑だなんて思った事ないし、それに…。」
彼女が成仏出来ない理由。
少しでも自分に出来る事があるなら、それはやるべきだ。
「それに?」
「いや、何でもない。ところでさ、涼音って苗字は何ていうの?」
「何よ、いきなり。」
「うん。そういえば知らなかったなって思って。」
僕は生きていて、彼女は幽霊。
その関係はどこまで行っても変わらないんだ。
「古都宮。古都宮涼音。それが私の名前よ。」